”ご縁日記”木挽棟梁をめざして

出会いに偶然はないと聞く。これまで出会った方々からどんなメッセージを受け、私はどのように進むのだろうか?

技能と技術の振り子

2006-05-26 16:04:08 | 斜め34度からの視点

文化と文明の定義についての参考に、司馬遼太郎著「アメリカ素描」の一文を引用しましたが、文化を「技能」に、文明を技術に置き換えて読んでみると、新しい発見があります。

改めて・・・

「文明は『たれもが参加できる普遍的なもの・合理的なもの・機能的なもの』をさすのに対し、文化はむしろ不合理なものであり、特定の集団(たとえば民族)においてのみ通用する特殊なもので、他に及ぼしがたい。つまりは普遍的でない。」

 

技能と技術について、もう一つ紹介したい文章があります。

2000年「住宅建築」3月号(300号記念増大号)の冒頭を飾る、初代「住宅建築」編集長 平良敬一著「戦後史の記憶から浮かび上がるキーワードは技能の復権である.『住宅建築』の思想(こころざし)」の中から引用します。

 

『武谷三男(物理学者「技術論」著)は、技能, 技術について次のように規定していた. すなわち技術の立場からすると,主観的個人的な技能は客観的な技術に解消していくものとしてあるのであり,「技術とは人間的実践(生産的実践)に於いて客観的法則性の意識的適用である」というのである.たしかに一般的な通念にしたがえば,技術とは経験的に蓄積された職人的な腕であり,技術は科学的な裏づけを持った客観的な科学技術であり,科学技術にとっては申し分ない規定と一応は言えよう.』

『技能が主観的なものを含みながら形成されるのに対して,技術は客観的,科学的であることをあきらかにすることによって,技術の技能に対する優位を印象付け主張している.』

 

この引用部分は、武谷三男氏の技術優位の立場を説明していますが、平良氏はそれを踏まえて、技能の復権を唱えています。

『職人的な技能=後進的・非科学的であり,技術=先進的・科学的との暗黙の了解がなされていた.』が、それは『木造建築とその技能の衰退をもたらしてきた経緯があり,これは早急に改めていかなければならない.』と警鐘を鳴らしているのです。

なぜなら、『住宅建築の領域では職人の技能に依存することなく優れた作品の制作はほとんど不可能であることは誰でも認めているところである.』からなのです。

 

『技能の復権を目指す動きは,人間と人間との新しい関係の再構築をつくりだす動きと重なって模索される気運が醸成されつつある.』

 

技能の復権のためには、ローカリズムに依拠して,そこに腰を据えて思想を紡いでいく外ないし、それがもっとも賢明な戦略ではないかと考える.』とまとめています。

私も共感しています。

 

文化のためにも、技能のためにも、『徹底的に「地域」にこだわる手法をとることが必要』なのではないかと・・・

 

 

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ローカリズム 暗黙の了解
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