昨日、にわたんさんから以下のようなコメントをいただきました。
| Unknown (にわたん) |
| 2006-05-23 01:31:30 |
| 今日、安藤忠雄がTVで 「今の街づくりには、今までの文化を感じるものはない。」 って言ってた。。。 そして、「文化がない街には心がない。心がない街で人は育たない」 って。 自分の考えと一致した。 文化って。。。 つい昔までは、日本は「木の文化」だと思う。 今は確かにそうじゃないね・・・ 竹垣や、板塀も「腐るからエンビにして。」なんていう人は多い。 もちろん、デメリットを説明し考えを改めていただくが。 このままだと、何千年後に「地球を破壊すること」が文化になってるかもね・・・ いやいや、そんなことになっちゃ困るね^^ 地道にがんばろう!!! |
文化という言葉は定義が難しい。。。
司馬遼太郎著「アメリカ素描」の中で文明と文化の違いについて参考になる文章があります。
「文明は『たれもが参加できる普遍的なもの・合理的なもの・機能的なもの』をさすのに対し、文化はむしろ不合理なものであり、特定の集団(たとえば民族)においてのみ通用する特殊なもので、他に及ぼしがたい。つまりは普遍的でない。」
私は、以下のように解釈しています。
例えると、京都の老舗料亭の料理は、日本人にとってかけがえのない文化であり、美味しいものであるでしょう。しかしながら、世界中の国の人々にとって美味しく感じられるものではないかもしれない…そういったものが文化だと思います。
文明は、世界においても共通していて、歴史的にも共有できるものだと思います。
つまり、にわたんさんに何が言いたいかというと・・・
文化的な街づくりをしていない…ということは裏を返せば、文明的な街づくりを良しとしている…
文化と文明の間を、振り子がユックリと行ったり来たりしていて、明治以降文明の方へと振り子は振れてきた…
と私は思うのです。
「今の街づくりに文化がない」という意見は、数多くの方が持っていることだろうと思いますが、
それはつまり、ようやく文化の方へと振り子が戻って来だした…とも解釈できるのではないでしょうか?
文化のウイークポイントを解決するために、文明化が興ってきたのだけれども、文化の良さがなくなってしまった。
文明のウイークポイントに気づいてきたわけです。
文化を唱えるためには、文化のウイークポイントを認識し、文化の良さ、すなわち、文明の弱点を突くことだろうと思います。
なんか、固い話になってしまいました。。。
にわたんさんのご意見はどうですか???











感覚的にも違いがあるね。
たとえば、今おこっていることが文化じゃないかって言ったら文化になるんだよね。
厳密な言葉で言うと、私が言いたいのは、「残る文化」って事。
しかも、世界基準ではなく、日本の個性で。
残るかどうかなんてもちろんわからない。
でも、今どれだけの街が後世に伝えようという気で街を作っているかって事が一番の問題だと思う。
50年や100年でなくなってしまうようなものばかりじゃ伝えていくことは無理じゃないんかな・・・
つまり、良いと思うことも悪いと思うことも、続けば文化になってしまう。
しかし、続かなければ1000年先には伝わらない、空白の文化になってしまうんじゃないかな・・・
自分が今の世の中に生かされている意味さえわからんくなってくるね。。。
やっぱり生きた証を残したい。
一人一人の美意識と少しでもいいものをつくりたい!と思う創意工夫を忘れないようにしたいね。
そのためにはお客さんが大事なんだよね。
街づくりは、その点お客さんが不明確というか…
公共的な色彩が強く、実工事は入札になって。。。
公共の仕事っていうのは、見積もりよりもイイモノを納めても誰も喜ばないんだよね。
発注業者からは、そんなにいいものを納めるくらいなら、もう少し金額を落として欲しかった…などと言われ…後味悪い記憶が数多く…
そんな土壌に文化のかおりがするものが生まれるのだろうか?
いつも感じる疑問です。