新71『美作の野は晴れて』第一部、新たな出発5

2015-05-12 21:51:10 | Weblog
71・一三〇『美作の野は晴れて』第一部、新たな出発5

 中世になっても、科学はまだ相当には発達していない間は、人々はなおも宗教や因習などに大きく影響されていた。その代表となる事件こそ、ローマ・カトリック教会によるガリレオ・ガリレイの宗教裁判であった。それは、今から約400年前の1610年(慶長10年)、『星界の報告』の発表の時に最初のシグナルが起こった。彼が自前の望遠鏡で観た「月の表面は、多くの哲学者たちが月や他の天体主張しているような、滑らかで一様な、完全な球体なのではない。逆に、そこは起伏に富んでいて粗く、いたるところにくぼみや隆起がある。山脈や深い谷によって刻まれた地球となんの変わりもない」(岩波文庫、山田慶児・谷泰訳)ものであった。
 当時の人々がとりわけ驚いたのは、彼が木星の衛星に望遠鏡を向けた時の報告であった。ガリレオが木星に望遠鏡を向けると、はじめ3つの衛星が見え、その後さらにもう一つの衛星がみえて、全部で4つが木星の回りを回っている。彼は、それらの毎日の位置の変化を観測し、それらの位置が木星を中心に日々変わり、時には木星の背後に隠れ、また現れることを突き止め、これらは恒星ではなく、木星の衛星であると結論づけた。あたかも、太陽のまわりを地球が回っているようなものだと考えられる。
 ところが、人々は、木星にも地球における月と同じように衛星が回っており、しかもそれが4個も見つかったというガリレオの報告に驚くとともに、戸惑った。というのは、天動説では地球が天体の運行の中心にあるのだと教えている。それなのに、ガリレオの説を敷延してゆくと、その先にあるのは木星と衛星の関係を地球と太陽の間に適用するとどう
なるかの命題なのである。それまではコペルニクスの地動説で説明するしかなく、そこでは地球の自転と公転の両方がごっちゃになって区別できていなかった。ガリレオは、その命題についての正解は、地球が自転や公転をするということだけではなくて、宏大な宇宙の中心に地球があるのではなくて、太陽系においては太陽こそがその中心の位置にあるのであって、地球は太陽の周りを回る一惑星に過ぎないことになってしまう。
 ガリレオの望遠鏡が捉えていたのはそれだけではなかった。観測ノートに記入していた時の彼は、太陽系の惑星の海王星が八等星の明るさで写っていたの目にしていたのではないか、おそらく、それを惑星ではなく、「恒星」として記録している(1612年(慶長17年)12月28日及び1613年(慶長18年)1月28日の観測日誌)。その延長で、肉眼では土星までしか観測できない太陽系の惑星に、7番目の惑星が存在することを発見したのは1781年、イギリスのウィリアム・ハーシエルの仕事によるものであって、その星は「天王星」と名付けられた。
 後日談として、1846年(弘化3年)9月23日、ドイツのベルリン天文台のヨハン・ゴットフィールド・ガレが、フランスのユルバン・ルヴエリエとイギリスのジョン・クーチ・アダムズによる天体力学による計算での予言のとおりの位置に、天王星の外側を回る未発見の第8惑星を観測した。そして、この星は「海王星」と命名された。この惑星の位置は、先の2人がその摂動が天王星によっての運動が乱されていると考え、そこに未知の惑星が存在する可能性を指摘した予報位置から、僅か52度しか離れていなかった。
 海王星は、そのさらに前のガリレオの「望遠鏡がとらえる木星付近の視野に収まる位置にあり、観測日誌に記されたのと同じ方向に来ていた」(小山慶太「科学の歴史を旅してみようーコペルニクスから現代まで」NHK出版、2012)ことをもって、先にガリレオが観測したのと同一のものなのではなかったか、とも考えられている。ちなみに、太陽を「りんご大」に例えると、4メートル離れて水星(ケシップ)が、7メートルに金星(丸薬)、10メートルに地球(丸薬)、15メートルに火星(丸薬)、52メートルに木星(パチンコ玉)、96メートルに土星(パチンコ玉)、192メートルに天王星(5ミリの錠剤)、そして300メートルのところに海王星(5ミリくらいの玉)がある例えになっている(草下英明『図説、宇宙と天体』立風書房、1987)。
 なお、これに関連して、2015年7月14日午前(日本時間では同日夜)、米航空宇宙局(NASA)の無人探査機「ニューホライズンズ」が冥王星に再接近した。ここで冥王星とは、1930年に米国の天文学者トンボーが「9番目の惑星」として発見を発表したものの、国際天文学会連合による定義見直しで「準惑星」に格下げされた。表面温度は摂氏零下220度を下回り、表面は窒素やメタンなどの氷で覆われている。それでも、この星は、約248年かけて太陽の周りを公転しているのだと言われる。こういう形での探査機による冥王星の観測は史上はじめてとのことであり、同探査機は2006年の打ち上げ後、9年半かけて48億キロの旅をしてきて、いまこの時、太陽系の端に近い、この冥王星のところをまでやってきているということなので、大いなる驚きだ。
 加うるに、1613年(慶長18年)に出版されたガリレオの『太陽黒点の研究』という論文には、当時太陽の黒点は地球と太陽との間にある小さな星と考えられていた。それをガリレオは、太陽を観察して、黒点の位置や大きさが絶えず変わることを知った。黒点は太陽の表面で起きているのであって、太陽が自転することで変化しているのだと彼は記した。イタリアで出版されたこの本の考えを敷延していけば、宇宙は普遍ではなく、変化しているのであって、地球も不動のものではありえないことを言いたかったに違いない。彼の説は天動説に敵対したとみなされ、本が出版された3年後にバチカン法王庁による世俗権力によって宗教裁判にかけられ、あれよあれよと言う間に有罪にされてしまうのだった。
 現実というものは、理論の支えがあってこそ現実味が増してくるものだ。その後は、アイザック・ニュートンによる重力の何たるかに思い到る。それまでのルネ・デカルトらによる説によると、宇宙にはある媒質が充満しており、それらが互いに押し合いへし合いしながら、力を伝え、この宇宙をぐるぐるした渦をなして回っている。これだと、空虚なる空間は存在しない。ニュートンは、そのようなデカルトの描く宇宙モデルを打ち破って、遠隔作用による力の伝搬を唱える。ちなみに、彼はりんごの落ちるのをみて、重力の法則を発見したのだと伝説でいわれている。1713年(正徳3年)刊行の『プリンキピア』(第二版)において、ニュートンは「重力は物体の質量に比例し、その効果は常に距離の二乗に反比例して現象しながら、広大無辺な空間のあるゆる方向に伝わっていくものなのである」と結論付けている。それからの科学は、その普遍性の力をもって発見宗教の枠を乗り越えて、あるいは踏み倒して前へと進んでいくことになってゆく。そして、科学が高度に発達するに至った21世紀現代の今、この地球に住む人類に属する一人ひとりは、はっきりと意識するとしないに関わらず、私たちのこの宇宙の加速膨脹が続けば、クラウス教授に従えば、およそ2兆年後には私たちの視界から、私たちが古代から眺め、親しんできた星空が焼失してしまうという、ドラマチックな寂寥の世界に入り込んでいくという予想を突きつけられているのである。
 そこで、もう一度教授に語ってもらおう。
「今見えている銀河は、未来のある時点で、われわれからの後退速度が光速を超え、それ以降は見えなくなる。その銀河から出る光は、空間の膨脹に逆らってこちらに接近することができず、われわれのところにはけっして届かない。その銀河は、地平線の彼方に消えてしまうのだ。しかし、その消え方は、あなたが想像しているのとは少し違うかもしれない。銀河は夜空から突如として消え去るのではない。銀河の後退速度が光の速度に近づくにつれ、その銀河から届く光の赤方偏移は大きくなる。かつて人間の目に見える可視光線だったものは、波長が伸びて赤外線やマイクロ波や電波になり、いずれその波長は、宇宙のサイズよりも長くなる。そうなった時点で、その銀河は名実ともに姿を消すのである。
 そうなるまでの時間は計算することができる。われわれの銀河系が属する局部銀河団に含まれる銀河たちは、重力の働きでひとまとまりになっているため、ハッブルの発見した宇宙の膨張によって互いに遠ざかることはない。一方、われわれの局部銀河団のすぐ外側にある銀河たちは、われわれからの後退速度が光の速度になる距離の、五千分の一ほどのところに位置している。それらの銀河が、われわれから光速で後退する地点に到達するまでには、これから千五百億年ほどかかるだろう。それは、現在の宇宙の年齢のおよそ十倍に相当する時間である。その地点まで後退したとき、銀河に含まれる星が発する光のすべては、波長が五千倍ほどになっているだろう。二兆年ほど経てば、それらの星から出る光の波長は、赤方偏移のため、観測可能な宇宙のサイズほどの長さになるだろう。つまり、これから二兆年ほどで、局部銀河団に含まれる銀河を別にすれば、すべての天体が、文字通り姿を消すことになるのである」(ローレンス・クラウス著・青木薫訳「宇宙が始まる前には何があったのか?」文藝春秋、2013)と。
 そこで、もう一つの問題にも触れておこう。それは、このような自然観の変化に、私たち人間ないし人類はこの先どう関わっていくのか、そのことに他ならない。確かに、宇宙の運動の偶然の一コマである私たち人類、その生まれては死につがれてゆく生命活動が、いま直ちに滅亡の危機に立たされているわけではない。私たち地球上の植物や動物などが日々永らえ、かつ生命を子孫につなぐことができているのは、何よりも太陽からの光と熱があったのことであるが、その太陽は、いわゆる壮年期の40億歳くらいだと言われている。この先、中心部で燃えるものがなくなってゆき、外延部が途方もなく広がる段階になると、地球もそれにのみ込まれて、今の水星や金星のように昼間は「灼熱地獄」と化してしまうことに成りそうだ。しかし、そうなるまでにはこの先、少なくとも40億年も、50億年もの時間が遺されているのであって、今私たち人類がそのことを殊更に心配する必要はないのかもしれない。
 しかし、発生以来のたゆまざる進化によって人類は、一定程度の容積の発達脳を持ち得た。そして、直立歩行が重い脳を支えた。こうして人類は、はるか遠くの時空を見通すことでこそ、文明を発展させてきた、その点が地球上の他の生物たちと異なるところである。このことを踏まえると、かつて、ブレーズ・パスカルは、人間は自然の大きさに比べるべくもないが、自分がやがて滅びるであろうことを知っている、その点にこそ人間存在の尊さがあるとのことであった。彼の著書『パンセ』などから幾つか紹介すると、つぎのようだ。
 「人間は考える葦である。宇宙はこうしたことを何も知らない。ゆえによく考えることにしよう」、「人間は自然のなかで最も弱い、一本(ひともと)の葦にしかすぎない。だが、それは考える葦である。彼を押し潰すためには全宇宙が武装する必要はない。蒸気や一しずくの水でも人間を殺すには十分だ。しかしながら、たとえ宇宙が彼を押し潰そうとも、人間は彼を殺すものよりも尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ぬこと、また宇宙が自分よりも優れていることを知っているからだ。宇宙はそれについて何も知らない」、「我々は、考えられる限りの空間の彼方に想像を巡らしてみても無駄である。我々の生み出しえるものは、事物の実在に比べれば、原子でしかない。実在とは,至るところに中心があり、どこにも周縁がないような、無限の球体なのだ」、「結局自然の中において、人間とは何者なのか?無限と比べれば無、無に比べれば全体である。つまり無と全体の中間に位置しているのだ」、「自分の命のわずかな持続が、前後の永遠の間に挟まれていることを考えるとき、また自分がそこにいて見てもいるわずかな空間が、私が知らず私に縁のない無限の空間の中に沈みこんでいくことを考えるとき、わたしは恐れとおののきを感じ、自分が何故かしこにではなく、ここにいるのかと自問するのだ。わたしをここにおいたのは誰なのか?誰の命令、誰の指図によって、この場所とこの時間がわたしに割り当てられたのか」、「この無限の空間の永遠の沈黙が、私を恐れさせる」等々。長い引用になってしまっているが、要するにパスカルが言いたかったのは、世界はルネ・デカルトが唱えたように人間の理性で完全に永久得られるものではなくて、人間の知には限りがあるのであって、私たちはその時々にわかっていることを頼りとしつつも、あとはその時その瞬間を、風が吹いたらその方向になびいてゆく葦の如く生きてゆくしかないのだと、いうことになっている。
 ここに彼がいわんとしていることは、人間は宇宙の尺度から見ると、とるに足らない、ちっぽけな存在なのであるから、前向きにいきていくためには、某かの意識と行動をもって、この大いなる自然に相対していくことが求められる、ということではないか。その際、人間はいつかは自分たちの文明がやがて滅びて、人間存在そのものがこの自然界からなくなってしまうことを知っているのであって、この認識からは無力に生きるのではなく、これをかけがえのない命の燃焼として捉えるべきことを推奨しているのではないだろうか。
 クラウス教授がアリゾナ大学での大衆講義において示したものに、カッシーニという探査衛星が土星の裏側に入って撮った写真がある。この写真は、インターネットでも公開されている、それを観ると、土星から観て太陽のある方向に、はるかかなたに一つの青い点がなかばぼんやり写っていて、これが私たちの地球なのだといわれる。これをじっくりし眺めているうちに、なんだか透徹した気持ちに誘われるのは私だけであろうか。ここに誘われるとは、人間というものは大いなるものを体験した時には、あたかもその場に自分が居合わせて、その地球の姿を垣間観ながら、かけがえのない私たちの故郷がそこにある、と感じてのことであろう。そうとも、私たちがこのように感じるのは、この写真からも、地球とともにある人類は、その命が宇宙に比べればはかなく、頼りない存在であることを学ぶことができるからではないのだろうか。
 しかも、現代生理学の教えるところによると、人間の意識は脳から来る。それは、その脳のどこか一カ所に宿っているのではなく、多くの記憶とかが重層的に組み合わさった時に、そこから構造的に生まれてくるのと考えるのが理にかなっているようである。言い換えると、人の意識とかいうものは、脳内の膨大な細胞のつながりが有機的に働くことによって生まれてくる、と考えるようになっている。このようにして、人間存在にも小宇宙というものも呼べるものがあって、私たちの心の働きは、これを離れては存在しないのだと考えられている。
 そうであるなら、私たちは、いまこうしている間にも、宇宙の進化とともに、孤独への
行程をひたすら進んでいることになるのであって、自分の生きる意義を自分で積極的に見い出していくことが、なおのこと大切になるのだと思っている。どういう生き方が自分にとって適しているかは、最終的には自分の価値観に依拠して判断してゆくしかないのであるから、これからも宇宙の法則を知るということは、自分を探求し、形成していく道でもある。

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