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◎八九の二『138億年の日本史』モンゴル帝国と元

2017-07-11 22:22:20 | Weblog
八九の二『138億年の日本史』モンゴル帝国と元

 1208年、テムジンがモンゴル高原西北部を統一した。自らをチンギス・カンを称し、中世モンゴル語でイェケ・モンゴル・ウルス(大モンゴル国)を建国する。「ウルス」とは「領民」という意味だという。1218年、カラ・キタイを征服し、1219年からは中央アジア遠征を開始して、1222年までにイスラム王朝であるホラズム・シャー朝を壊滅させた。1227年、シルクロードにあって建国(1032年)し、独特の文字を持っていた西夏(せいか)を滅ぼす。この年、後半生を戦いに明け暮れたチンギス・カンは死去する。1229年、クリルタイといって、モンゴルの部族長による大集会において、チンギス・カンの息子のオゴタイが2代目のカアン(ハーン、カン、カーンまたはハガン、カガンともいい、遊牧民族の長の意味。漢字では汗の字をあてる)となる。モンゴル帝国においては、ハンの選出や、遠征軍の派遣などの重要政策は、クリルタイで決定されていた。彼が2代目となってからは、征服地の施政と法の整備、駅伝制(ジャムチ)の採用、中央政府である中書省の設置など、国家体制をだんだんに強化していった。
 1234年、オゴデイ・カアンは金(きん)を滅ぼす。この金は、女真族が1115年、遼(中国読みでリアオ、907~1125)から独立して建てた国であり、中国の東北部から華北にかけて支配していた。翌1235年、モンゴルは、オルホン河畔のカラコルムに都を建設した。1235年、チンギス・ハンの孫バトゥがロシアまでの遊牧民の世界を目指す。まずヴォルガ川流域のヴォルガ・ブルガールに向かう。1237年にはキプチャク族、1240年にはキエフ・ルーシ諸侯国を征服した。1241年、モンゴル軍はポーランド王国攻め、ワールシュタットの戦いに勝つ。バトゥの率いる部隊はハンガリー王国に侵攻する。翌1242年、オゴデイ・カアンが死去したため、バトゥは遠征を中止し、モンゴル征西軍は帰還を余儀なくされた。1246年、グユクが第3代カアンに即位するが、1248年にそのグユクが病気で死去する。
 1250年、ジョチ家のバトゥはトルイ家とともにクリルタイを招集し、チャガタイ家・オゴデイ家が反対する中、トルイの子モンケをカアンに推戴した。モンケ・カアン、は反対派であるチャガタイ家とオゴデイ家を弾圧し、その領地と軍隊を没収した。1253年、モンケ・カアンは弟のクビライに雲南征服を命じ、大理国(937年にチベット系のペー族出身の段思平が建国)を滅ぼした。1256年、モンケは、弟のフレグに西アジアのペルシア遠征を命じる。1255年には、それまでの功労者のバトゥが死去する。フレグが1257年にイラン高原に向かい、1257年にはイランの行政権を獲得し、イルハン朝(フレグ・ウルス)が成立する。1258年には、バグダッド(現在のイラクの首都)を占領してアッバース朝(750年に建国し、アラビアを支配していた。ムハンマド・イブンの叔父の家系であるアッバース家がカリフであった)を滅ぼした。同じ年、モンケ・カアンは自ら南宋(中国語でナンソン、1127~1279)遠征に乗り出す。1259年、朝鮮半島の高麗(コマ)を服属させる。しかし、この年の合州包囲中に疫病にかかり、陣中で病死した。
 1260年、クビライは内モンゴルのドローン・ノールに建設した開平府においてクリルタイを召集し、カアンに選出された。しかし、同じ年に弟のアリク・ブガも首都カラコルムの大オルドでカアンに選出されたため、モンゴル帝国は2つに分裂する。1264年には、アリク・ブガは降伏し、クビライ・カアンが単独でモンゴル帝国のカアンになる。この間にモンゴル帝国の地方政権チャガタイ・ウルス、ジョチ・ウルス、フレグ・ウルスが誕生し、緩やかな連合体を形成した。1279年、モンゴル帝国を元(1279~1368)と改称する。マルコ・ポーロが上都を訪れる。1274年、日本に遠征軍を送る。1277年、アナトリアの戦いでマムルーク朝に敗北。1279年、崖山の戦いで南宋を滅ぼす。1281年、二度目の日本遠征軍。1288年、白藤江の戦いで、陳興道率いる陳朝ベトナムに敗北する。1294年、皇帝フビライが死去し、フビライの孫テムルが第2代元朝皇帝に即位する。1305年、元が5つに分裂する。1368年、明の朱元璋によって、元朝最後の皇帝トゴン・テムルはモンゴル高原に敗走する、以降、北元と称される。1634年、モンゴル高原は清の支配下に置かれ、北元は滅亡する。

(続く)

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