(299)『自然と人間の歴史・日本篇』日米沖縄返還協定

2017-08-09 21:16:13 | Weblog
(299)『自然と人間の歴史・日本篇』日米沖縄返還協定

 1971年6月17日調印の、「沖縄返還」に係る日米間の協定には、こうある。
「第1条
1.アメリカ合衆国は、2に定義する琉球諸島(りゅうきゅうしょとう)及び大東諸島(だいとうしょとう)に関し、1951年9月8日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第3条の規定に基づくすべての権利及び利益を、この協定の効力発生の日から日本国のために放棄する。日本国は、同日に、これらの諸島の領域及び住民に対する行政、立法及び司法上のすべての権利を行使するための完全な権能及び責任を引き受ける。
2.この協定の適用上、「琉球諸島及び大東諸島」とは、行政、立法及び司法上のすべての権力を行使する権利が日本国との平和条約第3条の規定に基づいてアメリカ合衆国に与えられたすべての領土及び領水のうち、そのような権利が1953年12月24日及び1968年4月5日に日本国とアメリカ合衆国との間に署名された奄美群島に関する協定並びに南方諸島及びその他の諸島に関する協定に従ってすでに日本国に返還された部分を除いた部分をいう。
第2条
 日本国とアメリカ合衆国との間に締結された条約及びその他の協定(1960年1月19日にワシントンで署名された日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約及びこれに関連する取極並びに1953年4月2日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の友好通商航海条約を合むが、これらに限られない。)は、この協定の効力発生の日から琉球諸島及び大東諸島に適用されることが確認される。
第4条
1.日本国は、この協定の効力発生の日前に琉球諸島及び大東諸島におけるアメリカ合衆国の軍隊若しくは当局の存在、職務遂行若しくは行動又はこれらの諸島に影響を及ぼしたアメリカ合衆国の軍隊若しくは当局の存在、職務遂行若しくは行動から生じたアメリカ合衆国及びその国民並びにこれらの諸島の現地当局に対する日本国及びその国民のすべての請求権を放棄する。
2.もっとも、1の放棄には、琉球諸島及び大東諸島の合衆国による施政の期間中に適用されたアメリカ合衆国の法令又はこれらの諸島の現地法令により特に認められる日本国民の請求権の放棄を含まない。アメリカ合衆国政府は、日本国政府との協議のうえ定められる手続に従いこの協定の効力発生の日以後そのような請求権を取り扱いかつ解決するため、正当に権限を与えた職員を琉球諸島及び大東諸島に置くことを許される。
3.アメリカ合衆国政府は、琉球諸島及び大東諸島内の土地であって合衆国の当局による使用中1950年7月1日前に損害を受け、かつ、1961年6月40日後この協定の効力発生の日前にその使用を解除されたものの所有者である日本国民に対し、土地の原状回復のための自発的支払を行なう。この支払は,1961年7月1日前に使用を解除された土地に対する損害で1950年7月1日前に加えられたものに関する請求につき1967年の高等弁務官布令第60号に基づいて行なった支払に比し均衡を失しないように行なう。
4.日本国は、琉球諸島及び大東諸島の合衆国による施政の期間中に合衆国の当局若しくは現地当局の指令に基づいて若しくはその結果として行なわれ、又は当時の法令によって許可されたすべての作為又は不作為の効力を承認し、合衆国国民又はこれらの諸島の居住者をこれらの作為又は不作為から生ずる民事又は刑事の責任に問ういかなる行動もとらないものとする。」
 日本政府は「各抜き、本土並」を掲げてアメリカと交渉したが、その結果としてまとめられたのは極めて不十分、すなわち沖縄における米軍吉の規模は基本的に維持された。つまり、アメリカ軍にとっての極東における軍事拠点としての役割は、ほぼ維持された。核兵器の有無は、それまでと同様に曖昧なままで、形通りの本土返還がまかり通った。
 以来(1972年5月に発効)、沖縄は、アメリカの核の傘に入ることに価値を見出す保守党政府と、現地に展開するアメリカ軍との間で、苦しい対応を迫られて来た。

(続く)

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