(269)『自然と人間の歴史・日本篇』砂川訴訟

2017-08-09 10:22:16 | Weblog
(269)『自然と人間の歴史・日本篇』砂川訴訟

 1957年(昭和32年)9月に入り、当時の東京都北多摩郡砂川町においては、アメリカ占領軍の立川基地拡張に対する反対運動が激しくなっていた。何回かの小競り合いの後、7月8日に特別調達庁東京調達局が強制測量をした際に、基地拡張に反対する地元民と、これを支援する学生、労働者らで構成するデモ隊の一部が、立入禁止の境界柵を破壊して基地内に侵入したとして、うち7名が「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基づく行政協定に伴う刑事特別法」違反容疑として逮捕、後に起訴された。これを「砂川事件」と呼ぶ。
 1959年(昭和34年)3月、この砂川事件に対する第1審である東京地方裁判所の判決がなされた。その主旨は、「日米安全保障条約に基づく駐留米軍の存在は,憲法前文と第9条の戦力保持禁止に違反し違憲である」として全員に無罪判決を下した。これを、裁判長伊達秋雄の名をとり、「伊達判決」と呼んでいる。その結論部分には、こうある。
 「合衆国軍隊がわが国内に駐留するのは、・・・・・我が国政府の要請と、合衆国政府の承諾という意思の合致があったからであって、従って合衆国軍隊の駐留は一面わが国政府の行為によるものということを妨げない。・・・・・我が国が外部からの武力攻撃に対する自衛に使用する目的で合衆国軍隊の駐留を許容していることは、指揮権の有無、合衆国軍隊の出動義務の有無に拘わらず、日本国憲法第九条第二項前段によって禁止されている陸海空軍その他の戦力の保持に該当するものといわざるを得ず、結局わが国内に駐留する合衆国軍隊は憲法上その存在を許すべからざるものといわざるを得ないのである。」(東京地裁1959年(昭和34年)3月30日付け判例時報180号)」
 これに驚いた検察庁は、跳躍上告する。
 1959年(昭和34年)12月16日、サンフランシスコ講和条約での「片面講和」が実現するまでは、日本にとっては超法規的な存在であったアメリカ軍の存在の是非についての、この砂川事件に関する最高裁差戻判決があった。一審での判決が破棄され、東京地裁での差し戻し審査にされたのである。
 最高裁判決の一節には「果してしからば、かようなアメリカ合衆国軍隊の駐留は、憲法九条、九八条二項および前文の趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反して違憲無効があることが一見極めて明白であるとは、到底認められない。そしてこのことは、憲法九条二項が、自衛のための戦力の保持をも許さない趣旨のものであると否とにかかわらないのである」(出典は、日本外交主要文書・年表(1)、954‐958頁、最高裁判所「最高裁判所刑事判例集」第13巻第13号、3225‐3228頁、3231‐3237頁)とある。 これは、日米安全保障条約の是非を問うことは高度に政治的な問題であるとし、裁判所としては違憲かどうかの判断をさけたいというものであった。自衛隊の損座い゛か憲法に照らして違憲かどうかも、同様の扱いとなる。これでは、判断をすることから逃げたといわれても、仕方がない。
 関連して、最高裁判事としてこの判決に関わった入江氏が保管していたある文書が見つかったことが、朝日新聞によりスクープされた。それには、こうある。
 「この文書は最高裁の判例集。砂川事件の判決要旨が掲載されたページの余白に書き込みがあった。「37・8・3記」とあり、62年8月3日に書かれたとみられる。入江氏の次女(78)によると、書斎として使っていた部屋から見つかった。
 最高裁判決が触れた「自衛のための措置」について入江氏は「『自衛の為に必要な武力、自衛施設をもってよい』とまでは、云はない」と指摘し、判決も自衛隊が合憲か違憲かには踏み込まなかった。
 入江氏は結論として、「故に、本判決の主旨は、自衛の手段は持ちうる、それまではいっていると解してよい。ただそれが、(憲法9条)二項の戦力の程度にあってもよいのか、又はそれに至らない程度ならよいというのかについては全然触れていないとみるべきであらう」と指摘した。」(「自衛武力持ってよいとは「云はない」、砂川、元判事メモ」、編集委員・豊秀一、朝日新聞デジタル、2015年9月15日17時28分インターネット配信分)
 この事件については、後段がある。2008年4月、砂川事件の審理中、当時の最高裁長官が駐日米大使に向け真理の見通しなどを語っていたと示す記録を、日本の研究者米公文書館で発見する。すると、最高裁の最高責任者が裏で政治向きの動きをしていたのではないか、ということになっていく。2014年3月になると、安倍内閣(自民党と公明党の連立)として、この最高裁判決をひきあいにして集団安全保障を論じることになっていく。集団的自衛権行使容認の根拠として採用したいというのが、高村・自民党副総裁らの本音であったのだ。同年6月、これを不服として元被らが東京地裁に再審を請求する。2016年3月、東京地裁がこの再審請求を棄却する。

(続く)

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