『美作の野は晴れて』&『138億年の日本史』&『岡山(美作・備前・備中)の今昔』

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◎新(3の3)『138億年の日本史』新生代からの日本列島(1500万~2万年前)

2016-10-19 22:01:29 | Weblog
(3の3)『138億年の日本史』新生代からの日本列島(1500万~2万年前)

 約1500万年前頃からも、日本列島を含む世界全体のスケールにて、氷期・間氷期が繰り返していた。それに応じて、の列島のあちこちで海水面の変化が続いたことだろう。氷期には水が氷河の氷となって固定される。海水の量は減ったであろうし、海面が下降する。それが間氷期に移ると、今度は逆に海面が上昇する。そんなこんなで大氷河時代における海面の上昇と下降の幅は、どの位であったであろうか。
 やがて新生代第四紀更新世(約258万~約1万年前)の中期(78万~12.5万年前)には、ナウマン象がユーラシア大陸から九州に、極東ロシアのサハリンからケナガマンモスが北海道に、それぞれ渡ってきた。
 2011年3月7日付け日本経済新聞の、「長野で発見の化石は古型マンモス、「現場の勝利」の記事に、こうある。
 「長野県佐久市でトンネル工事中に出土したゾウの歯と牙の化石が、120万~70万年前の古型マンモスのものであることが野尻湖ナウマンゾウ博物館(信濃町)の調査で確認された。発見のきっかけは作業員が抱いた疑問。学芸員の近藤洋一さん(55)は「工事現場の皆さんの「勝利だった」と振り返る。
 2008年12月。土を掘り返す重機のシャベルから「湯たんぽのような」塊がこぼれ落ちた。作業員がインターネットで形がよく似たゾウの化石の写真を発見し、施主を通じて博物館に連絡した。「運良く見つかっても、誰も興味を持たなければ大発見はなかった」
 歯と牙が同時に見つかるのは国内初。海岸線や湖近くでない山中の発見も珍しい。ゾウの進化や移動ルートをたどる貴重な資料と期待を集める。
 近藤さんは「何かを見つけて『面白い』と思う感性や『何だろう』と調べてみる好奇心が文化や学問を発展させていると、改めて思いました」と感心しきりだ。」
 1867年には、約410万年前の横須賀の十数万年間前の地層から、ナウマン象の歯の化石が発見された。当地では、横須賀でドックを建造するために大規模な造成をしていた。その隣接する地層から偶然に発掘された。それは、世界初のナウマン象の化石発掘であった。ドックに隣接する山は410万年前の地層である。なので、なぜ年代が断続するナウマンゾウが生きていたとされる10数万年前の地層と直接に接しているのか、疑問視されていた。言い換えると、当該の象が生きていたのは10数万年前だと推定できるとしても、その化石がなぜ約410万年前の地層から出てきたのかは、わかっていなかった。
 ところが2015年になって、410万年前の地層が隆起し削られた後にナウマンゾウの地層が堆積していたことが分かる。約410万年の地層の上にあった地層は浸食作用により取り除かれ、その上にナウマン象の化石を含んだ地層が乗り上げた。決め手は、昨年発見された横須賀のドックが出来た頃の写真により、古い地層が隆起して侵食され新しい地層が堆積した証拠が写っていたのだ。
 やがて120万年位前(新生代第四紀更新世前期中)になると、現在の大阪湾に海が進入し、一説にはこの海が、今の瀬戸内海の始まりともされる。さらに今から約60万年前になると、現在の大阪湾付近にあってた海岸線は、播磨平野にまで海が進入するようになる。それからも海域は西へ移動していき、今から約2万年前の「最終氷期」(新生代第四紀更新世後期中)には、海面高さが100メートル内外にも低下し、瀬戸内海は浅くなったり、狭まって陸化したりで、この内海は今の紀淡海峡や鳴門海峡まで後退した。
 ここで、「ヴュルム氷期」に触れておこう。これは、地質時代の第四紀更新世の最終氷期の代名詞である。この氷期のおよそ11万年前頃から少しずつ気温が低下し始め、多少の変動を示しつつも全体としては低下し続けていった。今から2万5000年前のウルム氷期中の、亜間氷期から最後の亜氷期へと向かううち、日本列島周辺の海面は、下降期を辿っていく。その頃の日本列島は、まだところどころがアジア・ユーラシア大陸と地続きであった。日本列島が大陸と繋がっていたのは、朝鮮半島、サハリン南部あたりであろうか。わけても現在の北海道に当たる地域は、アジア大陸と陸で繋がる半島(古北海道半島)を形成していた。他方、津軽海峡と朝鮮海峡は、現在の位置よりかなり狭まっていた。本州・四国・九州は、元々が浅瀬のためこの時期にはほぼ陸化していた瀬戸内海とともに一つのまとまりとしての島(古本州島)を成していた。さらに現在の沖縄諸島は、今とほぼ同様の、基本的には島嶼(とうしょ)のままであったのではないか。
 そんな中でも、最大規模に氷床(ひょうしょう)が拡大した約2万1000年前の時期を、最終氷期の最寒冷期(最終氷期最盛期)という。これは、地球の寒冷化で氷が溶けず、その分、川を下って海に流れ込む水の量が減り、海底の浅いところのかなりのところが陸地化したためであろう。その時の水面の高さの変化ということでは、今より少なくとも100メートルから80メートルくらいは海水面が上昇していたのではないかと考えられている(現在の茨城県筑波の地質調査研究所に、霞ヶ浦での模型の展示がある)。さらに、アジア大陸と北米大陸の一部も「ベーリング陸橋」でつながったというのが、現在の地理学の推測するところだ。

(続く)

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