(238)『自然と人間の歴史・日本篇』戦争への道(5.15事件と満州傀儡国家)

2017-08-09 08:04:37 | Weblog
(238)『自然と人間の歴史・日本篇』戦争への道(5.15事件と満州傀儡国家)

 こうなると、歯車は容易に止まらない。同1932年(昭和7年)2月には「血盟団事件」が起こり、井上前大蔵大臣がピストルで撃たれた。3月には、三井財閥の専務理事を務めていた団琢磨が襲撃される。そして、1932年(昭和7年)5月15日に起こったのが、「5.15事件」であった。この事件は、それまでの事件とは異なり、陸軍の士官候補生と海軍将校の一部が手を結び、愛郷塾という茨城県の農民塾の塾生からも加わっていた。首相官邸を襲撃して犬養首相を殺害したほか、失敗したが牧野内大臣を襲い、さらに変電所を機能不能にして東京市内を暗黒にする事まで計画していた。
 こうして、政党内閣ではもはや無理とみた元老西園寺公望(さいおんじきんもち)は、後継首相に、海軍大将にして国際政局にも明るいという理由で、斉藤実を推薦した。1932年(昭和7年)9月15日には、日本と、日本がでっち挙げた傀儡国家であるところの満州国との間で、『日満議定書』が締結される。これに調印した日本の斎藤実(さいとうみのる)内閣は、満州国を正式に承認した。
 「日本國ハ滿洲國ガ其ノ住民ノ意思ニ基キテ自由ニ成立シ獨立ノ一國家ヲ成スニ至リタル事實ヲ確認シタルニ因リ。
 滿洲國ハ中華民國ノ有スル國際約定ハ滿洲國ニ適用シ得ベキ限リ之ヲ尊重スベキコトヲ宣言セルニ因リ。
 日本國政府及滿洲國政府ハ日滿兩國間ノ善隣ノ關係ヲ永遠ニ鞏固ニシ互ニ其ノ領土權ヲ尊重シ東洋ノ平和ヲ確保センガ爲左ノ如ク協定セリ。
一 滿洲國ハ將來日滿兩國間ニ別段ノ約定ヲ締結セザル限リ滿洲國領域内ニ於テ日本國又ハ日本國臣民ガ從來ノ日支間ノ條約協定其ノ他ノ取極及公私ノ契約ニ依リ有スル一切ノ權利利益ヲ確認尊重スベシ。
二 日本國及滿洲國ハ締約國ノ一方ノ領土及治安ニ對スル一切ノ脅威ハ同時ニ締約國ノ他方ノ安寧及存立ニ對スル脅威タルノ事實ヲ確認シ兩國共同シテ國家ノ防衞ニ當ルベキコトヲ約ス之ガ爲所要ノ日本國軍ハ滿洲國内ニ駐屯スルモノトス。
 本議定書ハ署名ノ日ヨリ效力ヲ生ズベシ。本議定書ハ日本文及漢文ヲ以テ各二通ヲ作成ス日本文本文ト漢文本文トノ間ニ解釋ヲ異ニスルトキハ日本文本文ニ據ルモノトス。
 右證據トシテ下名ハ各本國政府ヨリ正當ノ委任ヲ受ケ本議定書ニ署名調印セリ。昭和七年九月十五日卽チ大同元年九月十五日新京ニ於テ之ヲ作成ス。
日本國特命全權大使武藤信義(印)、滿洲國國務總理鄭孝胥 (印)」
文中「滿洲國領域内ニ於テ日本國又ハ日本國臣民ガ從來ノ日支間ノ條約協定其ノ他ノ取極及公私ノ契約ニ依リ有スル一切ノ權利利益ヲ確認尊重スベシ」とあるのは、この議定書の力関係が日本による帝国主義的侵略によるものであることを語って止まないものであった。

(続く)

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