(263)『自然と人間の歴史・日本篇』信教の自由

2017-08-09 10:11:05 | Weblog
(263)『自然と人間の歴史・日本篇』信教の自由

 明治憲法と根本的に異なる憲法条項として、信教の自由がある。日本国憲法第20条は、何人に対してもこれを保障することを定めた。
 「憲法第20条:信教の自由は、、何人に対してもこれを保障する。いかなる酒興団体も、国から特権を受け、又は政治上の特権を行使してはならない。」
 ここに、いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならないし、その逆に、国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならないことになった。国民個人は、何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されないことになって、大日本帝国憲法第28条の「日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス」との限定付の容認から抜け出すことができた。これで、戦前のような国家神道への信仰を強いられることはなくなったのである。
 古今東西、信教の自由は、個人の精神生活の大きな領域を占めてきている。アメリカで1791年に諸州により批准された連邦憲法修正第1条である。
 「連邦議会は、宗教の護持にかかわる法律、宗教の自由な活動を禁じる法律、言論または出版の自由を制約する法律、国民が平穏に集会する権利を制約する法律、国民が苦痛の救済を政府に請願する権利を制約する法律の、いずれをも作ってはならない。」(飛田茂雄(とびたしげお)「アメリカ合衆国憲法を英文で読むー国民の権利はどう守られてきたか」中公新書、1998)
 この中の信教についての記述にあるように、、「連邦議会は、宗教の公定化、あるいは宗教活動の自由な実践を禁ずる、いかなる法律も制定してはならない」とされており、この書き出し部分は「公定条項」と呼ばれている。また、「自由行使要件」と呼ばれるものも同条に規定されている。こちらは、政府は、個人の宗教的献身あるいは信仰を、妨害したり抑圧することはできない、とする。この二つでもって、信教の自由は二重の保障を与えられている。連邦憲法については、13州のうち9州の批准に十分な賛成によって1787年に制定され、1788年に発効した。明治維新より百年以上も前の事であるのは、驚きだ。
 当時の大統領のジェファーソンが信教の自由についてどのように考えていたのかについて、E・S・ガウスタッドは次のように紹介している。
 「たとえば1802年、ジェファーソンは前任者ジョン・アダムス大統領やジョージ・ワシントン大統領がしていた宗教的祝祭や断食宣言をなぜ自分はしないのかについて、公開書簡による説明をしている。そこでは、政治的指導者が宗教的指導者のように動くことを修正第1条が禁じていると自分は考えるからである、とのべている。そして、修正第1条から適切な言葉を引用して、以下の重要な言葉をつづけた。「こうして、政府と宗教のあいだに分離の壁を立てるのである」と。」(E・S・ガウスタッド著・大西直樹訳「アメリカの政教分離」みすず書房、2007、39ページより引用)
ジェファーソンはこれにちなんで、自分のなしえた一番の仕事は、ワシントン大学の創立とアメリカにおける信教の自由の保障に関わったことにあるとしており、大統領職にあった頃の手柄話には無頓着であったらしい。

(続く)

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