『(87)』『岡山の今昔』21世紀現代の岡山人

2017-03-07 21:00:13 | Weblog
『(87)』『岡山(美作・備前・備中)の今昔』21世紀現代の岡山人

 渡辺和子(1927~2016)は、北海道旭川市の生まれ。父親は、日本陸軍中将で旭川第7師団長だった渡辺錠太郎である。1936年(昭和11年)の2・26事件の時の父親は、陸軍教育総監の要職にあった。自宅で軽機関銃を据え付けられての銃弾をうけ、6、7人が寝間に入ってきて「突いたり、切ったり、最後とどめを刺されて」(「NHK映像ファイル・あの人に会いたい」での本人の述懐)、死亡している。その父親の死場を、9歳で目の当たりにした経験を持つ。18歳でキリスト教のカトリックの洗礼を受けた。戦後も宗教者としての道を歩いて、1963年(昭和38年)に36歳という若さでノートルダム清心女子大学の学長に就任する。英語に堪能で、1984年(昭和59年)にマザー・テレサ(死後にローマ・カトリック教会から「聖人」に認定されたらしい)が来日した際には通訳を務めた。
 後にノートルダム清心学園の理事長・名誉学長に就任した彼女の著書に『置かれた場所で咲きなさい』があり、その柔和な人となりとともに、静かなるブームを呼ぶ。それにしても、「置かれた場所で咲きなさい」とは、どういうことであろうか。人生、堪えて堪えて、受け身で終始するうちに、花が咲くことにつながるのであろうか。。
 「時間の使い方は、そのままいのちの使い方。置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです。「こんなはずじゃなかった」と思う時にも、その状況の中で「咲く」努力をしてほしいのです。」
 ここまで読んで、なるほどと思われる面もあろうが、大抵の読者は納得までには至らないのではないか・・・・・、続けて、こうある。
 「今という瞬間は、今を先立つわたしの歴史の集大成であると同時に、今をどう生きるかが次の自分を決定するということです。人生は点のつながりとして一つの線であって、遊離した今というものはなく、過去とつながり、そして未来とつながっているわけです。お気に入り詳細を見る 神様は私たちの「願ったもの」よりも、幸せを増すのに「必要なもの」を与えてくださいます。それは必ずしも自分が欲しくないものかもしれません。しかしすべて必要なものなのだと、感謝して謙虚に受け入れることが大切です。」
 ここには、マザー・テレサとの違いは、あまり感じられない。というのも、テレサは、「私たちは世界を変えようとは思いません」(DVD『マザーテレサの世界』)といい、私たちの目の前で苦しんでいる人を出来うる限り救いたいのだと。渡辺の到達した境地も、そのような世界なのかもしれない。
それにしても、この世界においては、植物はなかなかに動けないが、動物は動く。動物たちは、土に生きているのではないので、動き続けていないと生きていけない、とも読み取れる。それからに、意識とは何か。それは、自分の周りの環境を評価する機能の集合体だ。だとしたら、人間を人間たらしめるものとは何であろうか。物理学者によれば、それは、時間の概念がわかることだと言われる。動物は今だけを生きている。人間の脳は、未来のことまで考えられる。自分が死んだ後のことまで考えられる。
 矢山有作(ややま ゆうさく、1924~2017)は、津山市に生まれる。中央大学法学部を卒業してから、会計検査院事務官となる。20代のうちに退職し、津山市議、岡山県議を経て、1962年に参議院議員となる。その後衆議院議員になったりした。日本社会党に属し、中央執行委員教宣局長を歴任する。公職では、参議院社会労働委員長や衆議院石炭政策特別委員長などの要職も務めた。1986年の選挙に落選し、そのまま引退したのであったが、矢山の政治活動が真価を発揮し出すのはむしろそれからであった。
 おりしも、戦後の平和勢力の有力な橋頭堡の役割を果たしていた日本社会党は、憲法第9条に定める絶対平和主義からの決別を検討しつつあった。とりわけ、市民運動との乖離が広がりつつあった。その後は市民運動家として、政党の場に囚われないように心がけたのであろうか、主な活動の場をそこに移したようである。戦後直ぐからのライフワークでもある日本原駐屯地問題をはじめ、国鉄労働問題や苫田(とまた)ダム反対運動などに取り組んだ。日本社会党が「専守防衛」に転換すると、これに同調することなく、それからは第9条を守る市民活動など護憲派として活躍した。
 そんな矢山の活動スタイルの一貫した特徴としては、地域の人々とともに歩んだ、しかも世界に向けて開かれた視点をもって、ということではないだろうか。晩年に入ってからの政治活動では、例えば朝日新聞に「自衛隊イラク派遣岡山訴訟、憲法判断せず原告敗訴」なる記事との関連が見える。
 「イラクへの自衛隊派遣は憲法9条に違反するとして、岡山県内に住む約40人が国を相手に派遣差し止めや違憲確認などを求めた集団訴訟で、岡山地裁(近下秀明裁判長)は24日、派遣についての憲法判断に踏み込まず、原告側の訴えを全面的に退ける判決を言い渡した。
 訴えの根拠にできるかどうかが争点となった「平和的生存権」については、具体的な権利だとして原告の主張を認めた。この判断をめぐっては専門家から、過去の判決よりも踏み込んだとして評価する声も上がっている。一方で判決は「それによって保護されるべき権利侵害はいまだ生じていない」と述べ、1人1万円の慰謝料請求を退けた。
 判決はまず、憲法前文に「平和のうちに生存する権利」とある平和的生存権の性格を検討。「憲法上の基本的人権であり、裁判規範性を有する」と述べ、裁判所が直接、審査の基準として適用できると判断した。
 さらに、判決は「徴兵拒絶権、良心的兵役拒絶権、軍需労働拒絶権など」を例に挙げ、これらの権利が具体的に侵害された場合は、個人が国に損害賠償を求めることも認められるべきだとした。
 一方で、今回の原告らの主張については「結局のところ、派遣によって、自己の憲法上の見解、平和的生存権に基づく平和、非戦の心情や感情を害されたとして慰謝料を求めるに過ぎない」と指摘。「派遣は原告らに向けられたものではなく、原告らが直接に参戦を迫られ、現実に生命、身体の安全などが侵害される危険にさらされたわけでもない」として退けた。
 派遣の違憲性については「仮に違憲、違法であったとしても、原告らの法益を侵害し、損害賠償を要することはないことになるから、判断しないのが相当」と述べた。
 また、派遣差し止めと違憲確認については、イラクでの自衛隊の活動がすでに終了していることなどを踏まえ、「訴えそのものが不適法だ」として却下した。
 同様の訴訟は全国11地裁で争われ、岡山より前に判決のあった10地裁では原告側がすべて敗訴。しかし、昨年4月の名古屋高裁判決はバグダッドを「戦闘地域」としたうえで「多国籍軍の武装兵員を空輸するのは、他国による武力行使と一体化した行動」と述べ、憲法9条1項に違反する活動を含むと認定した。原告側の訴え自体は棄却したため国側は上告できず、判決は確定している。(北上田剛)」(2009年2月27日付け朝日新聞) この時、岡山弁護団の清水善朗弁護士は、良心的兵役拒絶権などを認めた判決について、「自衛隊員が戦闘行為を拒否することも、平和的生存権として行使できることを認めたもの」と語り、河原昭文弁護団長は「平和的生存権では一歩も、二歩も前進した判決」と述べたとのこと。また、矢山有作原告団長は「一歩前進。しかし、国の行為が憲法違反だと、はっきりすべきだ」と語ったのが伝わる。
 矢山のこのような幅広の活動がなぜ可能になったのか、その思想的源流なるものは何なのか、それをたずねてみることは、興味深い。筆者は、矢山がマルクスの徒であったかどうかは、不明にして知らない。けれども、矢山には、21世紀に入ってからの、次なる文章がある。
 「(中略)日本国憲法は押しつけ憲法か?
 自主憲法制定論者の根っこにあるのは押しつけ憲法論です。
 日本国憲法の制定過程をみると、GHQが日本政府に憲法草案を示し、これを最大限考慮して憲法草案をつくることを求めたのは事実です。しかし、これをとらえて日本国憲法は押しつけ憲法と言ってしまうのは、余りにも皮相的な見方です。
 ポツダム宣言は日本の自由主義化、民主主義化、平和主義化、基本的人権の尊重を要求していました。従って、ポツダム宣言に即して新しい憲法を制定することは、ポツダム宣言の受諾から出てくる日本の国際的約束であり法的義務です。しかし、当時の為政者は、それを全く無視して天皇主権の明治憲法と基本的にほとんど変わらぬ憲法案しか作成しなかったのです。このことがGHQの憲法案提示という事態を引き起こしたのであり、而も最終的には、政治目的のために天皇制の温存を意図するGHQ側の当時の国際情勢(天皇の戦争責任追及と天皇制廃止を求める)を背景にした説得に、国体護持、天皇制存続の立場から、自らこれを受け入れ、明治憲法の定める改憲手続きに従って日本国憲法を制定したのですから、押しつけ憲法というのは的はずれの言い分です。当時の世論調査によれば、憲法草案についても、九条についても、国民は非常に高い支持を示しています。一般国民にとっては、日本国憲法は押しつけ憲法ではなかったのです。(以下略)」(矢山有作(元衆議院議員)「憲法雑感」:「岡山部落問題研究所「部落問題ー調査と研究」2000年12月号、第149号」)
 憲法制定過程についてのこの矢山の説明は、GHQの憲法案提示や、天皇制の存続に至った経緯についても遠慮会釈無く、事実を述べてあり、歯に衣を着せることの無い、透明性の高い視座を明らかにしている点で、稀に見る一文といえるのではないか。 


(続く)

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