(242)『自然と人間の歴史・日本篇』戦時中の文化(文学)

2017-08-09 08:26:10 | Weblog
(242)『自然と人間の歴史・日本篇』戦時中の文化(文学)

 中原中也(なかはらちゅうや、1907~1937)は、詩人となるために生まれてきたというか、生まれならがら詩人といおうか、日本の文壇が生んだ希有の存在として長く語り継がれるだろう。戦前から戦時中の苛酷な世界を全力で生きていたのではないか。『帰郷』という詩には、そんな孤独な詩人の、明と暗が交錯するかのような不安定な心情が表れている。 
 「柱も庭も乾いている/今日は好(よ)い天気だ/椽(えん)の下では蜘蛛(くも)の巣が/心細そうに揺れている/山では枯木も息を吐(つ)く/ああ今日は好い天気だ/路傍(みちばた)の草影が/あどけない愁(かなし)みをする/これが私の故里(ふるさと)だ/さやかに風も吹いている/心置(こころおき)なく泣かれよと/年増婦(としま)の低い声もする/ああ おまえはなにをして来たのだと・・・・・/吹き来る風が私に云(い)う」
 誠に、当時はあるがままに生きることの難しい時代であったろう。一見、これらの詩からは「ノンポリ」(政治的な問題について無関心であること)と思いきや、どうやらそうではないらしく、こんな詩を記している。
 「幾時代かがありまして/茶色い戦争ありました/幾時代かがありまして/冬は疾風(しっぷう)吹きました/幾時代かがありまして/今夜此処(ここ)での一(ひ)と殷盛(さか)り/今夜此処での一と殷盛り/サーカス小屋は高い梁(はり)/そこに一つのブランコだ/見えるともないブランコだ/頭倒(あたまさか)さに手を垂れて/汚れ木綿(もめん)の屋蓋(やね)のもと/ゆあーん/ゆよーん/ゆやゆよん/それの近くの白い灯(ひ)が/安値(やす)いリボンと息を吐(は)き/観客様はみな鰯(いわし)/咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と/ゆあーん/ゆよーん/ゆやゆよん/屋外(やがい)は真ッ闇(くら)闇の闇/夜は劫々と更けまする/落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと/ゆあーん/ゆよーん/ゆやゆよん」

(続く)

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« (241)『自然と人間の歴... | トップ | (244)『自然と人間の歴... »

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事