◎220『自然と人間の歴史・世界篇』世界政府をめぐって

2017-09-03 22:43:44 | Weblog
◎220『自然と人間の歴史・世界篇』世界政府をめぐって

 世界政府の樹立をめぐっては、これまで幾つかの提言が出されている。その数は、ざっと数えて十指に余るくらいだろうか。ここでは、その中から代表的な幾つかを紹介してみよう。
 まずは、イマニヌエル・カントの、『永遠平和のために』(Zum ewigen Frieden, 1795)がある。その「永久平和のめの予備条項」としての第一条項とは、「将来の戦争の種をひそかに保留して締結された平和条約は、決して平和条約とみなされてはならない」とある。第二条項とは、「独立しているいかなる国歌(小国であろうと、大国であろうと、この場合は問題ではない)も、継承、交換、買収または贈与によって、ほかの国家がこれを取得できるということがあってはならない」というものだ。
 ここからは、やや具体的な国家のあり方に移る。第三条項では、「常備軍は時とともに全廃されなければならない」とする。第四条項としては、「いかなる国家も、ほかの国家の体制や統治に、暴力をもって干渉してはならない」という。第六条項は、やや生々しくも「いかなる国家も、他国との戦争において、将来の平和ジニおける相互間の信頼を不可能にしてしまうような行為をしてはならない。例えば、暗殺者や毒殺者を雇ったり、降伏条件を破ったたり、敵国内での裏切りをそそのかしたりすることが、これにあたる」としている。
 次に、「永久平和のための確定条項」に移ろう。その第一条項には、「各国家における市民的体制は、共和的でなければならない」とある。第二条項として、「国際法は、自由な諸国家の連合制度に基礎を置くべきである」と。第三条項に「世界市民法は、普遍的な友好をもたらす」という。
 さらに「永遠平和のための秘密条項」として、「公の平和を可能にする諸条件について哲学者がせもと確率が、戦備を整えている諸国家によって、忠告として受け取られなければならない」というのものである。
バートランド・ラッセルは、まずは1945年11月28日に開催のイギリス上院において次の発言を行った。
 「まず私は、議員諸兄がよくご存じであろう二、三の技術的な問題を確認することから始めたい。第一に指摘したい点は、原爆は、現時点ではまだ初歩的段階にあり、将来の核兵器はさらに破壊的で、また手軽に生産が可能となるだろうという事実である。しかも極めて近い将来のうちに。(中略)また第二の点は、そのような将来の核兵器がもし使用された場合には、広い地域におよんで人間ばかりか、小さな昆虫、つまり生きと生けるすべての生き物を殺傷してしまうであろう。」
 1961年になると、より整った形で『人類の将来』(Has Man a Future?, 1961, chap.7.)なる著作を世に問うた。
 「世界政府に味方する主な論拠は、もし適切に構成されれば、戦争防止に役立つという点にある。世界政府という超国家組織の構成は可能であっても、それが有効に戦争を食い止める実効を生むのは容易でない。多くの最も強い反対意見は、国家主義的感情から起きている。だが、国家の自由のためにという心情は、近々百五十年の間に急速に強大になったものである。
 国家の無制限な自由を支持する者は、それと同じ論拠から個人の無制限な自由を正当化する論理が生れ、それで他人が迷惑することを悟っていない。
 他人の自由を侵害する暴行や殺人はどの国でも法律で禁止されている。もし禁止しないと、殺人犯以外の人々の自由は小さくなる。否、その殺人犯も他の殺人犯に殺されかねないから、その本人の自由もなくなる。
 国家が各個人の殺人権を法的に取り上げて、個人の自由を保障するのと全く同じように、世界政府が各国家のもつ外国人殺人権を国際法で取り上げて、戦争をしたくない人類の自由を保障するのは同じ論理の延長である。これが反対されるのはおかしい。民族国家の手前勝手な自由主義、民族的優越感、原始的衝動に甘える無反省などが、人類共通の幸福を阻害している。莫大な破壊性、極端な迅速性、計り知れない殺傷性をもつ核兵器が出現した現代では、どうしても民族国家の外国人殺人権を世界政府に委譲しなければならなくなったのである。
 国際法の祖グロチウス(一五八三~一六九五)がこの見解から法文を作る企てをしたのは、全く賞賛に値する。核戦争に恐怖する前に、この殺人権の委譲の必要性を悟るべきであるまいか。」(牧野力(編)『ラッセル思想辞典』早稲田大学出版部、1985所収)
 アルバート・アイシュタインは、1945年11月に発売された雑誌『アトランティック・マンスリー』(Atlantic Monthly,1945.11)において、なかなかに意欲的な構想を発表している。
 「もろもろの主権国が存在する限り、戦争は不可避である。世界政府は、合衆国、ソ連邦、イギリスという大軍事力を持っている三大国のみで設立されるべきである。それらの三国は、この世界政府に軍事力の一部を寄託しなければならない。三大国が憲法を起草しえた後、より小さい国々は、その世界政府に招聘(しょうへい)されるべきである。」
 それから、英国の理論物理学者スティーヴン・ ホーキングが、世界政府創設案を支持した。ホーキング博士がタイムズ紙のインタビュー(2017年3月16日)で語ったところによると、まずは現在の世界の現状認識については生物兵器あるいは核兵器の脅威にさらされており、これは以前「進化に貢献した人間特有の侵略の現れ」だという。そこでホーキングは、「我々はこの継承された本能を理論や常識を用いてコントロールする必要がある」と考えを示し、それを可能にするのは「世界政府の何らかのフォーマット」だと指摘した。
なおホーキングは、この道を進む場合において独裁などの別の問題が生じる可能性も排除しなかったとあるから、この話は良いことづくめではないと認識していることになろう。

(続く)

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◎130『自然と人間の歴史・世界篇』朝鮮戦争1

2017-09-03 08:29:01 | Weblog
◎130『自然と人間の歴史・世界篇』朝鮮戦争1

 1950年1月末、アメリカと大韓民国(韓国)とは米韓相互防衛援助協定を締結した。これより前の1948年12月、国際連合(国連)の第三回総会で世界人権宣言を採択したばかりの出来事であった。この軍事同盟に勢いを得たアメリカのトルーマン政権は、1950年1月30日に全面的な軍事介入を指令した。1950年6月25日、北朝鮮軍が南朝鮮に進攻し、同8月には釜山周辺以外の地域が北側の支配下に入れる。同6月26日、国連が緊急の安全保障理事会(安保理)を開いて、北朝鮮軍の攻撃即時停止を求める決議案をソ連欠席のうちに9対0で採択した。
 1950年10月7日には、国連が朝鮮半島の武力統一のため38度線以北への軍の進攻を容認した。10月1日、国連軍は中国からの警告を無視して38度線を突破した。中国はこれに対抗するべく義勇軍を派遣し、国連軍の動きを牽制する。1950年11月末の中国軍総攻撃で国連軍は38度線以南に退却を余儀なくされていく。
 このままでは戦況が劣勢になると考えたアメリカ政府は1950年12月15日には、国家非常事態宣言をし、それまで150万であった兵力を350万人に増やす。
 ここでトルーマンは、戦況の立て直しをはかるためには原爆投下も辞さずの態度をほのめかし、またマッカーサーは中国東北部への爆撃を主張する。ここで、事態が大規模化するのを恐れたイギリス首相クレメント・R・アトリーが朝鮮に限定すべきだとアメリカに進言する。アメリカ自身も局地戦争から広範囲への戦争拡大への懸念が増してくるに及んで、中国側への大規模攻撃を思いとどまる。それとともに、1951年4月11日には強硬派のマッカーサーを解任する。
 1951年6月23日になって、ソ連のマリク国連代表による停戦案が出される。これを国連軍側が受け入れる形で7月10日に停戦交渉が始まる。しかし、これに手間取り、1953年7月27日になってようやく停戦交渉の妥結にこぎ着ける。この間、アメリカの連邦予算に占める軍事費は「1940年代後半の45.5%から1950年代前半には62.2%に増加した。この戦争でのアメリカ軍の死者は約3万3千人と伝えられる。


(続く)

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