田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も9年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

圧巻! 定山渓の紅葉

2016-10-18 18:46:49 | 環境 & 自然
 定山渓はただ今紅葉真っ盛りだった。温泉街の木々も、遠くの山並みも…。錦秋の錦絵とは良く言ったものである。温泉街の紅葉はあるいは意図的な部分もあるかもしれないが、遠くの山並みはまさに自然が造形した巧みな錦絵という光景だった。 

 昨日ブログで、泊りがけで出かけることになったというのは、札幌の奥座敷の定山渓温泉に一泊するというものだった。
定山渓温泉についてみると、見事な紅葉が山全体を、そして街全体を覆っていた。
 「これはぜひとも紹介したい!」と思い、バカチョンカメラを片手に散策に出た。ところが昨日は生憎の雨模様、その上時間も4時近くとあって光量が絶対的に不足していた。それでも、このチャンスを逃したくないと思い、シャッターを切り続けた。
 雨ではあったが、幸運にも紅葉の中で結婚式の前撮りをしている光景に出くわし、和服のカップルを写真に収めることができた。

          

          
          ※ ピントが合っていません。前からの写真も撮ったのですが、プライバシーを尊重しました。

 そして今朝、空は見事に晴れ上がった。「これはもう一度チャレンジしなければ!」と朝食もそこそこに温泉街に出た。谷間にある定山渓温泉街には太陽の光が当たっているところと、まだ光が届いていないところがあったが、光が当たっているところを求めてあちこちと歩いてみた。
 そこここで、鮮やかな紅葉を目撃することができて大感激だった。

 それではちゃっちーカメラで、拙い腕の私が撮った60枚の中から厳選(?)した13枚の定山渓温泉街の紅葉写真集をどうぞ!!

          

          
          ※ 木漏れ日を通して黄色に色づいた葉が鮮やかで、お気に入りの一枚です。

          

          

          
          ※ 紅いカエデの葉がとても引き立ちますね。

          

          
          ※ 谷間にある定山渓温泉街では、朝のうち陽があたるところとそうでないところのコントラストが見事でした。

          

          

          
          ※ この一枚もなかなかお気に入りの一枚です。

          

          
          ※ 定山渓大橋の下から撮った一枚です。橋やホテルの壁が額のような役割をしています。

          
          ※ 私が最も気に入った一枚の写真です。

 5年前の10月下旬、私は秋の木曽路7宿を歩いたことを思い出していた。木曽路はちょうど紅葉の季節だった。
しかし、私が見たかぎりの木曽路の紅葉は、残念ながら錦秋の錦絵とはお世辞にも言えなかった。ただ、茶色に変色した山々が映るだけだった。
 それに比べると、定山渓の紅葉は木曽路よりははるかに鮮やかだった。木曽路の関係者には申し訳ないが、きっと私が訪れた年は紅葉が不作の年だったのかもしれない…。
 それにしても定山渓の紅葉は見事だった。


 

          
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4 コメント

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やはりこの時期は (おなら出ちゃっ太)
2016-10-18 23:02:42
定山渓の紅葉は見頃ですね。
20数年前、結婚式の後に出かけたのがちょうど今頃です。結婚記念日が15日ですから、あの見事な紅葉は10月16日だったんだなあ、って覚えていますから。

私としては橋の下を通した写真が面白かったですね。
橋の上から山や渓谷を写したのが美しさで光っていますね。


貴兄の優れた感性が描写されて・・。 (夢逢人)
2016-10-19 12:19:32
定山渓の黄色、紅色など錦繍の数々の情景・・やはり貴兄の思いが確かに表現されて、
魅了させられた次第です。
そして貴兄の優れた感性が描写されて、脱帽する次第です。

私は日頃より、貴兄の多岐に及ぶ学研の行動派には、私は敬意していますが、
たまたま本日の10年19日、読売新聞・朝刊の【文化・歴史】に於いて、
『アイヌ交易 北東アジアにも 瀬川拓郎』と題された記事が掲載されていました。

転載させて頂きますと下記の通りです。

瀬川拓郎(せがわ・たくろう)=1958年、札幌市生まれ。専門は考古学・アイヌ研究。旭川市博物館長。著書に『アイヌ学入門』など。


◇日本と大陸の「あわい」に生きる

狩猟採集の暮らしに閉じこもり、時代の変化に取り残された人びと――
多くの日本人が漠然と持つ、このアイヌのイメージは、考古学によって大きく変わりつつある。

生息する動物の種類が、大きく変わる境界が「ブラキストン線」として知られるように、
北海道にはヒグマやエゾシカなど大型獣が豊富で、良質な毛皮をもつ中小型獣も多い。

トドやアザラシなど海獣類の回遊も、北海道近海が、ほぼ南限にあたる。
さらに今の季節、大量のサケが川面を黒く染めて遡上(そじょう)する。
北海道は、南に張り出した北の生態系、日本列島における北東アジア的世界だ。

古人骨のコラーゲンによる食生態の分析では、北海道縄文人は肉食主体、本州縄文人は植物食主体とされる。
北海道では縄文時代以降も、肉食と毛皮利用のいわば「旧石器的生業体系」が展開してきた。
その基盤となったのが、北海道の北東アジア的生態系なのだ。

狩猟採集に踏みとどまったにもかかわらず、北海道の遺跡からは、異文化の産物が多く出土する。
弥生時代の南島産貝製品、古墳・奈良時代の刀、平安時代の銅鋺わんや鏡、
鎌倉時代以降の漆器、サハリンのコハク玉、大陸のガラス玉などだ。

平安時代の集落跡である厚真町ニタップナイ遺跡では、アムール川下流域パクロフカ文化の鉄鏃ぞくが出土し、注目を集めた。
おそらく大陸の弓・矢・矢筒のセットが、珍奇な宝として流通していたのだろう。

本州の庶民など、到底手にできないこれらの産物を、北海道の人びとは陸海獣の毛皮などによって入手した。
かれらが農耕を受け入れなかったのは、旧石器的生業体系という「後進性」を優位性に転換する、
交易狩猟民の道を「選択」したからではないか。

ロシアの考古学研究者は、アイヌが11世紀以降、サハリン南部、千島、カムチャツカへ進出していった事実を明らかにしてきた。
中国の史料によれば、サハリンに進出したアイヌは、13世紀には大陸の先住民の村々を襲って略奪を働き、
北東アジアに政治的影響力を及ぼす大モンゴルと戦争を繰り広げた。

北東アジアに進出し、交易を拡大していったアイヌは、バイキングともいえる存在だったのだ。

ただし、北海道は基本的に、本州の流通圏のなかにあった。
それは日本の強い求心性だけでは説明できない。

というのも、その事実は、北東アジア的世界の北海道が、なぜ日本列島の縄文文化圏に含まれたのか、
生態系で北海道と共通する一衣帯水のサハリンが、なぜ縄文文化圏に含まれなかったのかという、
日本国成立以前の問題とも関わっているからだ。

北海道は、道東太平洋沿岸を除いて、東シナ海から日本海を北上する対馬海流に取り囲まれている。
海流と海上交通からみた北海道は、南の生態系に組みこまれた世界だ。
北海道が縄文文化圏に含まれ、その後も日本の流通圏となっていた理由はそこにある。

日本と北東アジアのあいだで、アイヌはどちらにも帰属しない「あわい」の存在として生きてきた。
かれらを理解する手がかりは、北と南の生態系が重なりあう、北海道という「あわい」の世界にある。

南に目を転じれば、亜熱帯の生態系をもちながら、海流によって日本列島に組みこまれた沖縄も、
また「あわい」の世界だ。

沖縄の人びとも交易を生業とし、近代になるまで日本と中国いずれにも属さない「あわい」の存在として生きてきた。
アイヌと沖縄人は、縄文人の遺伝子的特徴を強くもつという。
かれらの独自の歩みは、日本列島の「あわい」に生きた縄文人の「選択」だった、といえるのではないか。

     ◇
留意事項
記事には写真と共に、留萌市ではアイヌの所蔵品とみられる、日本の平安時代の鎧兜(よろいかぶと)が出土した(復元品、同市教委所蔵)、
13世紀に出現したアイヌの首飾りは、大陸産のガラス玉・銭と日本の金属製品を組み合わせた(厚真町オニキシベ2遺跡出土、同町教委所蔵)

このような記事でした。

私はアイヌの人々が日本の平安時代から本州と交易があったこと、
そして11世紀以降、サハリン南部、千島、カムチャツカへ進出していた・・無知でした。

何よりも学んだことは、《・・日本と北東アジアのあいだで、アイヌはどちらにも帰属しない「あわい」の存在として生きてきた。
かれらを理解する手がかりは、北と南の生態系が重なりあう、北海道という「あわい」の世界にある。・・》
これ以降の瀬川拓郎さんの明記でした。

出ちゃっ太さんへ (田舎おじさん)
2016-10-19 23:04:02
 コメントありがとうございます。
 10月15日が出ちゃっ太ご夫妻の結婚記念日ですか!
 私の写真から結婚記念日を思い出していただき光栄です。
 ブログ上には、もっともっと素晴らしい紅葉の写真が満載だと思われる中、私の撮った写真にも注目していただきありがとうございます。
 本当に素直に定山渓の紅葉の素晴らしさにうたれました。
夢逢人さんへ (田舎おじさん)
2016-10-19 23:16:10
 長文のコメントどうもありがとうございます。
 いつもいつも過分なお褒めの言葉に恐れ入っています。ありがとうございます。

 ところでアイヌに関する瀬川拓郎の一文を全文転写していただき、ありがとうございます。
 私たち(道産子)にとって先人であるアイヌ民族について、遅まきながら関心を抱き、関連の講座にもできるだけ受講しようと心がけているのですが、思いとは裏腹にこのところ少し遠ざかっていました。
 そうした中、素晴らしい一文を紹介してくださり心より感謝申し上げます。
 夢逢人もおっしゃるように、アイヌの先人たちが日本との関係において「あわい」関係を保っていたとする瀬川氏の論考はとても興味深い指摘ですね。またそのような関係が沖縄と日本の間にも横たわっていたという指摘も非常に興味深い指摘です。
 直接、瀬川氏の論考とは関わりないかもしれませんが、この後、北海道博物館が主催するアイヌ関係の講座がいくつか予定されていますので、またアイヌへの関心を深めることができればと考えています。その際はまた拙ブログで講座の模様をレポートしてみたいと思っています。

 今回は夢逢人さんの情報提供に厚く感謝申し上げます。

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