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みんなの学校 木村初代校長の話を聴く

2017-01-18 19:57:37 | 講演・講義・フォーラム等
 大阪市立大空小学校の初代校長の木村泰子氏はエネルギッシュだった。そしてまた強い信念の持ち主でもあった。彼女の信念を実現された悪戦苦闘の過程を伺った。 

 1月15日(日)、午前中に映画「みんなの学校」を視聴した後、午後にその「みんなの学校」の舞台となった大阪市立大空小学校で開校以来9年間にわたって校長を務められた木村泰子初代校長のお話を伺った。

               
               ※ 札幌市民ホールで講演する木村泰子大空小学校初代校長です。

 木村氏のお話を理解するうえで、氏の略歴を紹介する必要がある。
 氏は40年前に大阪市の短大体育科を卒業され、大阪市の小学校の教員として採用されたそうだ。氏の話によると、氏が40歳くらいのときに体験されたことが、その後の氏の教育理念(信念)の形成に大きな影響を及ぼしたという。(後述する)
 その後、木村氏は若干(?)50歳にして住吉区の児童数1,100人余りという南住吉小学校という大きな小学校の校長に赴任するのだが、その1年後にそこから分離新設された大空小学校の初代校長に赴任され、以後定年退職(平成28年3月)までの9年間を大空小学校校長として勤められたということだ。
 以上が、木村氏が語った氏の略歴である。

                    
                    ※ 若々しさが際立つ木村校長すです。右の女性は木村校長に私淑する女性のようです。

 さて、木村氏が氏の教育理念(信念)の形成に大きな影響を及ぼした体験とは…。
 ある小学校において、次年度の新入生の中に大変な指導困難児がいるということで、学校では障害児学級への入級を勧めるが、親は普通学級に学ぶことを望んだために、混乱したうえ、誰もが一年生の担任を受け持つことを渋ったという。
 その時、氏は率先して手を挙げ、転任してきた2人の先生と3人で一年生の担任になったそうだ。その際の条件として、「1年生の教室として体育館を使わせてほしい」と要望したという。(このあたりがユニークである)そして、1年生3クラスは毎日合同で授業を展開したという。それは1人の先生が得意科目を受け持ち、他の二人はサポートに回り全体の子どもを支援したそうだ。(ちなみに木村氏は体育と音楽を受け持ったという)
 その年の秋の学芸会において、担任した一年生が13曲もの歌を織り込んだミュージカルを全員で演じ、大成功を収めたことで、木村氏は障害をもった子も、そうでない子も周りとの関係性の中で育つことを実感したことから、「障害を理由に子どもを分断しようとする教育を見直したい」と思うようになったという。

 木村氏が初代校長となった大空小学校の地域では、20年以上も前から南住吉小のマンモス校解消のために分離新設が検討されていたという。しかし、その地区の一部に地区を抱えていたために、周辺町内会からの猛反発を受け開校できないという事態に陥っていた。木村氏が赴任した時には南住吉小の5・6年生が現大空小学校の校舎で授業するという歪な学校の状況が続いていたそうだ。

 ここからの経緯について木村氏は詳しくは語らなかったが、私が想像するには次のようなことだったのではないだろうか?
 40歳の時の体験と同じで「誰もやらないのなら、自分がやってやろう」と…。児童数1,100余名を抱える大校長から、児童数わずか200余名の新設校の校長に木村氏自ら手を挙げたのだと想像できる。
 その時、木村氏は「理想の学校を創ろう!」という意気に燃えて大空小学校の創設に関わったものと想像される。
 その理想の学校とは、「すべての子どもの学習権を保障する学校をつくる」という理念(信念)だった。

                    

 その後の展開は映画で詳しく紹介されているので割愛する。
 講演の最後に木村氏は「特別支援学校を否定するわけではない」と強調された。だが「しかし」と断り「公立学校は子どもの学習権を保障する場でなければならない」そして「公立学校は地域住民のものでなければいけない」と強調された。

 私はこの一連のレポの中で「大空小は特別な学校」というような記述をした。その思いは今も変わってはいない。
 残念ながらというか、現実として、木村泰子氏のような強い信念と、リーダーシップを兼ね備え実践していこうとする人は私を含めて多くの人が持ち合わせていないということも事実である。
 ただ、多くの教師たちは自らの力量の限界を自覚しつつも、自らの良心に従い懸命に努力している人が多いことを、子どもを預ける親は認識してほしいと願いたい。
 そして一方的に他に頼ったり、批判するのではなく、教師として、親として、共に成長していこうとする姿こそ、この映画が訴えていることではないか、と思ったのだが…。


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