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私の札幌生活も10年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

北海道低山紀行 71 利尻山(鴛泊コース) 前編

2017-06-22 20:40:52 | 北海道低山紀行 & Other
 憧れの山の一つ、利尻山はなかなかタフな山だった。何せ登山口(3合目)からの標高差が1,509mである。長く、険しい上りが延々と続いた。 

               
          ※ 6月18日、朝4時の利尻島の日の出風景です。宿の窓から、ペシ岬を望んだところです。小さく浮かんでいるのはウニ取りの小舟です。

 6月18日(日)、興奮していた私は朝2時に目が覚めるともう寝付くことはできなかった。早々に準備を整え、外に出てみると空はスカッと晴れていた。
 5時に宿(民宿 お宿マルゼン)の主人の車で3合目の北麓野営場の登山口まで送ってもらった。(宿のサービスである。しかし、下山時は自分の足で街まで帰ってこなければならなかった)

               

 野営場周辺は整備されていて、野外レクリェーションの施設が整っているようだった。
 同じ時間帯に中高年の団体さんがバスで到着し、同じく利尻山を目ざしているようだった。
 5時05分、私は朝の心地良い冷気の中、スタートした。最初は舗装された登山路が続く。
というのも、登山口から400mほど先に日本銘水100選に選ばれたという「甘露泉水」という美味しい水が得られるところがあり、そこまで行く観光客用の道のようだ。
 甘露泉水で私もペットボトル1本に泉水を汲み、いよいよ本格的に登山のスタートを切った。

               

               

 最初は利尻山の長い裾野部分である。ゆっくりと斜度は上げつつも、林間を行くトレッキング気分だった。ただ登山道にはゴロ石が転がっているところが多く、沢部分を行く登山道であることが分かる。ゴロ石に乗って足をくじくことがないように気をつけながら進んだ。
 まだ高山植物は現れなかったが、唯一ホウチャクソウと思われる釣り鐘型の白い花が目に入った。

               

               

               

 スタートして40分後、第一のチェックポイント「4合目」を通過した。登山道の様子に大きな変化は表れない。
 気が付いたのは登山道がよく整備されていることだった。倒木は全てチェンソーで切られて登山道を確保していた。あるところでは、その倒木を使って板材にして乾燥させているところもあった。将来的にはその板材で登山者の休憩施設でも造るのかな?と思ったのだが…。
 マツの木の葉が今年になって緑色の葉の先に黄緑色の葉を付けているところがいかにも初夏(山では春?)らしい光景に思えた。

               

               

               

               


 スタートから1時間20分を経過し、「5合目」に到達した。ここで初めて小休止(5分間)を入れた。利尻山登山の特徴の一つは各合目の表示がしっかり表示されていることと、その合目は比較的広い場所が確保されていて、休みやすくなっていることが登山者には嬉しい配慮である。

               

 5合目を過ぎると、登山道の様相が変わってきた。徐々に、徐々に斜度がきつくなり始めた。私のカメラは5合目から6合目までの間にたった3枚しか撮っていない。目立った景色の違いがなかったからかもしれないが、登る方がきつくなりはじめ、写真を撮る余裕がなくなってきたからかもしれない。
 それでもまだこの辺りでは体力的には力が残っていたのかもしれない。5合目から25分で「6合目」に到達している。6合目は通称「第一見晴台」とも称されているところだったが、下界は雲に覆われていた。
 6合目でもやはり5分間の小休止を取ったが、同じく休んでいた方に私は「ここからがきつくなるようですね」と話しかけていた。

               
               
               

               

               

 話をしていた通り、傾斜はどんどん急になってきた。登山道を覆う木は低くなり、時おり山の上部の方も望まれるようになってきた。
 7合目に向かう途中には、この日初めて目にする携帯トイレ用のブースが建っていた。私ももちろん宿で購入した(400円)携帯トイレを持参したが、幸いこの日は使用することなく登山を終えることができた。
 6合目から30分、かなりの疲労感を覚えながら「7合目」に到達した。しかし、7合目の標柱には「胸突き八丁」と表示されていて、これからが本当の厳しい上りだと暗示していた。

               

               

               

 7合目から登りは、「胸突き八丁」の名のとおり、本当に厳しく、辛い上りが続いた。救いは木の背丈が一段と低くなり、見通しが効くようになったことだった。7合目から45分後、集団が休んでいる広いところがあった。心身とも疲れていた私は「8合目に到達した」と思った。事実、標柱もあった。しかしそこは8合目ではなく「第二見晴台」という表示で、8合目はまだ上方だった。

               

               

               

               

               

               

                     

 気を取り直し、再び厳しい上りを続けること30分。私はようやく「8合目」、通称「長官山」に到達することができた。
 通称「長官山」とは、昭和6年10月から北海道庁長官を務めた佐上信一氏のことを指すようだ。8合目には、「利尻岳登り登れば雲湧きて 谿間遥けく 駒鳥乃鳴く 幡川詠」という石碑が立ち、裏には「昭和8年6月26日 北海道廰長官 佐上信一○○」とあった。(○○の部分は解読不能)おそらく当時の佐上長官がこの地に立って詠んだ詩だと思われる。

               
               

 その8合目(長官山)からは、目ざす利尻山の山頂がようやく私たちの前に顔を出し、厳しく屹立していた。
 ここまで苦しい登りが続いたが、さらなる試練が私を待ち受けていた。
(後編は明日綴ります)
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