まるの日<へミシンクのある暮らし> 真名圭史(まるの日圭)の公式サイト

ネコ14匹と暮らしながら、見えない世界とともに日常を生活する一人の男の物語。

3日連続蕎麦ざんまい。の広島

2016-10-16 18:00:05 | まるの日セッション




昨日は広島が勝ちまして。おかげで今日はすっかり静かな様子の朝でして。
蕎麦屋のお姉さんもカープ服から普通のシャツに戻っておりました。あのカープ服は自前なのだろうか?
と思わんでもないですが。
洗脳のように流れて居た応援ソングも消え、普通の音楽に戻った店内で今日はアナゴ丼と蕎麦食って。
今はまた、部屋でビール片手にゆったりしてるとこ。
なんで店で飲まないのか、と言われそうですが。そのお店にはツマミになりそうなのがないもんで、食事だけしているとこです。

広島ってアナゴが名物なんですかね?
広島名物、と銘打ってあるのに、アナゴの天ぷらとアナゴ丼がありましたので。

今回はアナゴ食って広島満喫してたとこですね。
今日のワークショップはほかのとことちょい違うアプローチでクリスタルリーディングの方を行なっておりまして。
また違う雰囲気で面白かったです。


そういえば。
ホテルのロゴがこんなんで



Gが逆向きですよね。
GR、とするとジャイアントロボ関係からクレームが来るからだろうか?
とふと思ったりしてましたgs、正直どうでもいい話ですね。
今回の部屋も和風の小上がりがついた、とかちらっと書いてあったので泊まってみましたが。
「和風?」
というイメージだったのでビミョ〜でした。座布団より椅子のが仕事はしやすいですね。
ベッドから転げ落ちても安心というのはあるかもしれませんが。
広島も外国人の方が多いので、こういう作りにしてあるんですかねぇ。

明日は時間あればゆっくり呉の大和見に行きたいとこでしたが。仕事が立て込んでて忙しいので、午前中に帰ります予定です。

もう飯も食ったので、あとは夏目友人帳でも見ながらゴロゴロしておこうかと。



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4 コメント

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アナゴ丼 (りんパパ)
2016-10-16 18:52:50
まるの日さん、こんにちは。

 広島名物は、もみじ饅頭と思っていましたが、アナゴも名物なのですね。

 アナゴ丼は、美味しいのでいいですね。
小説読みました (ローズマリー)
2016-10-16 19:39:31
ぶらり彼岸探索紀行、遅ればせながら読ませていただきました。
おもしろかったです!

若い頃、人間は集合意識だ、と気付いた時、周りはいわゆる輪廻転生説が常識で、なかなか理解してくれる人や書籍にも出会えず、寂しいような、切ないような、取り残されたような気持ちがしていました。
直感的な本質の部分からの気付きだったので、気付いたことをうまく言葉に変換できないという歯痒さもあり、「なんとなくそう思う」としか言えない自分に憤りを感じていました。

自分の感じているものが小説という形になっていて、とても嬉しかったです。
ストーリーがあると、わかりやすくていいですね。

キャプテンのパッチワークという表現もおもしろくて好きですよ。

こういう価値観も、少しずつ「普通」になって行くと思うと楽しいです。

レムリアの話もおもしろかったです。
アナゴ (さちこ)
2016-10-16 19:57:22
私は先週姫路でアナゴを食べました。名物と書いてあったので。あの辺はアナゴが名物なんでしょうかね。美味しかったですよ^ ^
ルリカさんに聞く (いつも楽しく読ませて頂いております)
2016-10-17 02:50:47
いつも更新楽しみにさせていただいております!

今回はこのブログでも何度か出てきている「等価交換」について質問があります。



例えば、日本でよくあるブラック企業では安い給料で労働者を超長時間労働させているところも多いようですが、ぱっと見ではこれは労働エネルギーと対価としての給料の間に等価交換が成り立っていないように思えます。また等価交換ということで言えば、大企業―中小企業間の立場を利用した格差、正社員と非正規社員の格差、あるいは同じ正社員間でも、あまり仕事をしていない上司が高い給料をもらっている一方で、仕事漬けの部下が安い給料をもらっているといったこともあると思います。これらについても一見等価交換が成り立っていないと思います。



また僕は大学院生なんですが、日本の大学院生は世界一?といってもいいと思えるくらい働いている(働かされている?)のに、日本の大学院生は少なくともほかの先進国と違って、給料などの対価が一切出ません。まあ税金を使って研究させてもらっていますし学生である以上は責任もあまりないので、この日本の構図自体に個人的にはたいした不満はないのですが、学生を無給の労働力として利用し尽くすことに血眼になっている評判の悪い教官につくと正直、まったく対価をもらってないのに「これってどうなの?」と思います。24時間365日!とか言われると、どうしても教官の出世のために「研究やらされてる感」が出てきてしまいます。



こういった「労働とそれに見合う対価」といった点でもそうですが、ほかにも世の中には(少なくとも一見したところでは)様々な種類の不公平・不平等がいたるところで存在しているように思えます。



そこで次の2点について、質問があります



① こういった見かけ上の不均衡にも「等価交換」は働いているのでしょうか?つまり、その時点だけ切り取れば、一方が損(もしくは得)しているように見えることでも、長期的にみればしっかりと帳尻が合うように、対価(お金という形態に限らず)の埋め合わせはなされていくのでしょうか?

② (特に等価交換が働かない場合もあるのであれば)こういった不均衡や不平等なりが社会に存在していることに、個々人が甘んじるべきなのかそうでないのか?日本人はどことなくこういった理不尽な環境を我慢しがちといいますか、むしろ待遇の悪さに甘んじつつも仕事熱心に取り組む方も多いと思います。その姿勢自体は大変すばらしいと思いますし、僕自身もできるだけそうありたいです。しかし「やりがい搾取」なる言葉もあるように、しばしばこういった日本人の素晴らしい姿勢は、むしろ使用者側にとって都合の良いロジックとして、使用者側から推奨されることも多いと思います。待遇の悪い側がそういった事柄に甘んじてしまえば、それが社会における不平等の数々をむしろ助長させてしまうことに繋がると思います。そのような(少なくとも一見したところ)「等価交換」が働いていないような環境でも、怒ったりしないで(悪く言えば、悪い待遇に甘んじながら)自分の目の前のことに集中していくべきなのでしょうか?



以上、長くなりましたが、こういった「等価交換」に関することについて、ルリカさん、まるの日さんに、より高い視点でご教授願いたいです。(厳密にいえば無料で質問に答えてくださるこのコーナーもそんな状況ですね笑)



よろしくお願いいたします。

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