ブログを移転しました。
『北海道経済論』
http://martyin.exblog.jp/
こちらではなかなかできなかった写真のUPを、積極的にやっていこうと思います。
今後とも、御指導御鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。
『北海道経済論』
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こちらではなかなかできなかった写真のUPを、積極的にやっていこうと思います。
今後とも、御指導御鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。
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本日(3/1)、明治大学大学院商学研究科の合格発表があり、無事合格することが出来ました。
これも、皆様方のご支援のおかげで御座います。
今後は、生活空間が東京に移ることになりますが、北海道・函館の情報をチェック出来るよう、心がけるつもりです。
まずは、残り少ない函館での生活、楽しみたいと思います。
ご支援頂いた皆様、誠にありがとう御座います。
今後とも御指導御鞭撻のほど、宜しくお願い致します。
これも、皆様方のご支援のおかげで御座います。
今後は、生活空間が東京に移ることになりますが、北海道・函館の情報をチェック出来るよう、心がけるつもりです。
まずは、残り少ない函館での生活、楽しみたいと思います。
ご支援頂いた皆様、誠にありがとう御座います。
今後とも御指導御鞭撻のほど、宜しくお願い致します。
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2月11日に、欧米文化分野1期生の追いコンがありました。
当日は、3年目だけでなく、2年目、1年目も参加してくれました。
函館という「地方都市」では、この時期3年目は就職活動でほとんど函館にいません。
実際、前日の夜に札幌や東京から帰ってきて、夜中まで準備していたみたいです。
嬉しいですね。
僕達は、彼らに何もしてあげられなかった。
2年目や1年目とはほとんど接点も無かった。
にもかかわらず、余興で体張ってくれたり、4年目約30人1人1人に色紙を書いてくれたり、本当に嬉しかったです。
追いコンや卒論発表会での彼らを見ていると、忙しい中、相当準備したんだなって思います。
色紙を渡すときに、泣きながら話してくれた後輩を見て、本当に嬉しかった。
「大好きです」って言葉に、僕達はあまり応えられなかったけれど、
「ありがとう」って言葉に、僕達はあまり応えられなかったけれど、
流してくれた涙に、僕達はあまり応えられなかったけれど、
嬉しかった。
本当にありがとう。
もっと、色々と接する機会があればいいのにな、って思います。
僕達が彼らに伝えられる事は何も無いけど、反面教師として活かせる事は沢山あったのに、と思います。
頂いた色紙、大切に飾っておきます。
楽しい時間を過ごせました。
ありがとう。
僕達は、ゼミの同期生で余興をやりました。
当初は、話した事も無い人がいて、あまり楽しくなかった事を覚えてます。
今では、ゼミ旅行や飲み会を通して、本当に楽しかった思い出でいっぱいです。
そんな僕達がやった余興は、決して涙を誘うものでもなく、かといって笑いも誘えなかったのですが、
テーブルに戻ったら先生が泣いてました。
駄目な僕らに付き合って頂き、お粗末な論文に対して指導して頂き、心から感謝しています。
僕達ゼミ生が仲良くなれたのも、またゼミの後輩とお酒を飲みにいけたのも、先生のおかげです。
ありがとうございました。
当日は、3年目だけでなく、2年目、1年目も参加してくれました。
函館という「地方都市」では、この時期3年目は就職活動でほとんど函館にいません。
実際、前日の夜に札幌や東京から帰ってきて、夜中まで準備していたみたいです。
嬉しいですね。
僕達は、彼らに何もしてあげられなかった。
2年目や1年目とはほとんど接点も無かった。
にもかかわらず、余興で体張ってくれたり、4年目約30人1人1人に色紙を書いてくれたり、本当に嬉しかったです。
追いコンや卒論発表会での彼らを見ていると、忙しい中、相当準備したんだなって思います。
色紙を渡すときに、泣きながら話してくれた後輩を見て、本当に嬉しかった。
「大好きです」って言葉に、僕達はあまり応えられなかったけれど、
「ありがとう」って言葉に、僕達はあまり応えられなかったけれど、
流してくれた涙に、僕達はあまり応えられなかったけれど、
嬉しかった。
本当にありがとう。
もっと、色々と接する機会があればいいのにな、って思います。
僕達が彼らに伝えられる事は何も無いけど、反面教師として活かせる事は沢山あったのに、と思います。
頂いた色紙、大切に飾っておきます。
楽しい時間を過ごせました。
ありがとう。
僕達は、ゼミの同期生で余興をやりました。
当初は、話した事も無い人がいて、あまり楽しくなかった事を覚えてます。
今では、ゼミ旅行や飲み会を通して、本当に楽しかった思い出でいっぱいです。
そんな僕達がやった余興は、決して涙を誘うものでもなく、かといって笑いも誘えなかったのですが、
テーブルに戻ったら先生が泣いてました。
駄目な僕らに付き合って頂き、お粗末な論文に対して指導して頂き、心から感謝しています。
僕達ゼミ生が仲良くなれたのも、またゼミの後輩とお酒を飲みにいけたのも、先生のおかげです。
ありがとうございました。
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弟が、1週間にわたるスペイン旅行から帰ってきました。
俗に言う、卒業旅行です。
海外への距離は相対的に小さくなった、と言いますが、「下流」の菊地家において弟は初の海外旅行者、私もテンションが上がってしまいます。
とはいっても、言語に不安のある弟は、昨今ひどく批判されている、パック旅行です。
(一世代前までは、批判者もパック旅行で旅行していたと思いますが…笑)
パック旅行は言語に不安のある者にとっては、ある意味「安心感」を売っていることになるのかな、と思います。
とにかく、弟に電話してみたところ、初めての海外旅行をとても楽しめてようで、良かったです。
海外旅行どころか、卒業旅行にも行けない私にとって、弟の旅行は唯一の「異文化」との接触です。
つまり、「お土産」です。
今回は、旅行前からお願いしていた長財布を買ってきてもらいました。
ただし、スペイン製の財布を、というお願いをしました。
昨今のグローバリゼーションの影響下、どこに行っても中国製の商品が並んでいます。
わざわざ、距離的に遠いスペインに行ってまで、札幌や東京でも買える財布では、納得できません。
このグローバリゼーション、山下範久『ワインで考えるグローバリゼーション』NTT出版、2009の中で、リッツァの『無のグローバル化』を使い、解説されてました。
そこでは、グローバリゼーションの分析に2つの軸を使っていました。
1つは「無」(中央で発案・管理され、固有の内容をもたない形態)と「存在」(現場で発案・管理され、固有の内容に富んだ形態)の軸、もう1つは「グロースバル化」(特定の形態をさまざまな場所に帝国主義的に押し付けていく過程)と「グローカル化」(外来のものと土着のものとが相互作用することで何か別の固有のものが生み出される過程)の軸です。
おそらく、リッツァの見解が現在のグローバリゼーションを最も的確に捉えているのだと思います。
つまり、私の欲しているスペイン製の財布は「存在のグローカル化」であり、私の毛嫌いしている中国製の財布は「無のグロースバル化」という事になります。
(ちなみに、「無のグローカル化」はご当地キティちゃん、「存在のグロースバル化」は日本に来るスカラ座の引越し講演が当てはまると、山下さんは述べています。)
函館の観光地も、「存在のグローカル化」が必要なのであって、「無のグロースバル化」を追い求めていてはいけないのです。
俗に言う、卒業旅行です。
海外への距離は相対的に小さくなった、と言いますが、「下流」の菊地家において弟は初の海外旅行者、私もテンションが上がってしまいます。
とはいっても、言語に不安のある弟は、昨今ひどく批判されている、パック旅行です。
(一世代前までは、批判者もパック旅行で旅行していたと思いますが…笑)
パック旅行は言語に不安のある者にとっては、ある意味「安心感」を売っていることになるのかな、と思います。
とにかく、弟に電話してみたところ、初めての海外旅行をとても楽しめてようで、良かったです。
海外旅行どころか、卒業旅行にも行けない私にとって、弟の旅行は唯一の「異文化」との接触です。
つまり、「お土産」です。
今回は、旅行前からお願いしていた長財布を買ってきてもらいました。
ただし、スペイン製の財布を、というお願いをしました。
昨今のグローバリゼーションの影響下、どこに行っても中国製の商品が並んでいます。
わざわざ、距離的に遠いスペインに行ってまで、札幌や東京でも買える財布では、納得できません。
このグローバリゼーション、山下範久『ワインで考えるグローバリゼーション』NTT出版、2009の中で、リッツァの『無のグローバル化』を使い、解説されてました。
そこでは、グローバリゼーションの分析に2つの軸を使っていました。
1つは「無」(中央で発案・管理され、固有の内容をもたない形態)と「存在」(現場で発案・管理され、固有の内容に富んだ形態)の軸、もう1つは「グロースバル化」(特定の形態をさまざまな場所に帝国主義的に押し付けていく過程)と「グローカル化」(外来のものと土着のものとが相互作用することで何か別の固有のものが生み出される過程)の軸です。
おそらく、リッツァの見解が現在のグローバリゼーションを最も的確に捉えているのだと思います。
つまり、私の欲しているスペイン製の財布は「存在のグローカル化」であり、私の毛嫌いしている中国製の財布は「無のグロースバル化」という事になります。
(ちなみに、「無のグローカル化」はご当地キティちゃん、「存在のグロースバル化」は日本に来るスカラ座の引越し講演が当てはまると、山下さんは述べています。)
函館の観光地も、「存在のグローカル化」が必要なのであって、「無のグロースバル化」を追い求めていてはいけないのです。
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「国家的自給という政策は、それ自体が目標なのではなく、他の理想が安全かつ適切に追求できる環境の創造を目指すべきものと考えるべきである」(p.348.)
行き過ぎた新自由主義政策に対して、トッドは「協調的保守主義」、つまり保護貿易を求める。
しかし、そのモデルはケインズの上述の論文『国家的自給』によっている。
そもそも本書の価値は、「日本の読者へ」とケインズのこの論文にある。
トッド自身、『デモクラシー以後』というタイトルに躊躇したように(p.370.)、本書はサルコジ批判とフランスの家族構成と教育から見る識字率、民主主義に対する内容が大半を占める。
さて、この保護主義、現在の日本では輸出産業の批判と戦前のブロック経済への傾斜から、保護貿易が戦争を生み出したと考えられることが多い。
だから、戦後は自由貿易が推進されてきた。
昨今では、自由貿易こそが「唯一」の経済政策となり、イデオロギー化してきている。
(ただし、自由貿易の推進者、米国が最も戦争を行っている事実は無視されてしまう)
だから、次なる経済政策(保護貿易)には、現在の経済政策(自由貿易)を疑うことから始めなければならない。
今が、丁度その時である。
保護主義の目的は、給与の再上昇の条件を作り出すことにある。
その結果、需要が増え、新たな輸入が始まる。
ただし、「唯一最適な態度とは、自由貿易から保護主義へ、保護主義から自由貿易へと際限なく移行を繰り返すのが適切であるとする態度」(p.15.)なのである。
硬直的なシステムではなく、柔軟なシステムが求められている。
「われわれが、まごつきながら向かっている新しい経済様式は、その本質において実験である。(中略)いまこのプロセスにとって、大胆で、自由で、かつ痛烈な批判が、究極的な成功の必要条件である」(p.353.)
保護貿易に対して、多くの批判がある。
それに、武力で対抗するのでなく、議論を重ねることが、新たな経済システムの創造へと導く事になるのだ。
行き過ぎた新自由主義政策に対して、トッドは「協調的保守主義」、つまり保護貿易を求める。
しかし、そのモデルはケインズの上述の論文『国家的自給』によっている。
そもそも本書の価値は、「日本の読者へ」とケインズのこの論文にある。
トッド自身、『デモクラシー以後』というタイトルに躊躇したように(p.370.)、本書はサルコジ批判とフランスの家族構成と教育から見る識字率、民主主義に対する内容が大半を占める。
さて、この保護主義、現在の日本では輸出産業の批判と戦前のブロック経済への傾斜から、保護貿易が戦争を生み出したと考えられることが多い。
だから、戦後は自由貿易が推進されてきた。
昨今では、自由貿易こそが「唯一」の経済政策となり、イデオロギー化してきている。
(ただし、自由貿易の推進者、米国が最も戦争を行っている事実は無視されてしまう)
だから、次なる経済政策(保護貿易)には、現在の経済政策(自由貿易)を疑うことから始めなければならない。
今が、丁度その時である。
保護主義の目的は、給与の再上昇の条件を作り出すことにある。
その結果、需要が増え、新たな輸入が始まる。
ただし、「唯一最適な態度とは、自由貿易から保護主義へ、保護主義から自由貿易へと際限なく移行を繰り返すのが適切であるとする態度」(p.15.)なのである。
硬直的なシステムではなく、柔軟なシステムが求められている。
「われわれが、まごつきながら向かっている新しい経済様式は、その本質において実験である。(中略)いまこのプロセスにとって、大胆で、自由で、かつ痛烈な批判が、究極的な成功の必要条件である」(p.353.)
保護貿易に対して、多くの批判がある。
それに、武力で対抗するのでなく、議論を重ねることが、新たな経済システムの創造へと導く事になるのだ。
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