宇宙に羽ばたく日まで

その日は、きっと来るだろう。
その日まで、地に足をつけて歩こう。
その日まで、皆んな仲良く手をつなごう。

お手をどうぞ!

2012-03-30 12:57:36 | 学んだこと
今年も4月8日に恒例になりましたわが町内の行事で、春の花広場のお茶会があります。
「皆んなで歌おう」も少しマンネリ化してきましたので、少しダンスをしたらどうか??、などと思いつきました。
ダンスをするには場所がないのが難点ですが、路上を使ってみようかと思っています。(笑)

初心者用に足型図を作ってみましたので、もし宜しければ、貴方も恥ずかしがらずにどうですか!?
きっと楽しくなると思います。

始めはシャドウ(一人)で練習し、次にパートナーを誘って組んで練習してみて下さい。
男女の組み方は初めのうちは、男女が真正面より頭一つ分左にずれて向かい合い、両手を肩の位置に少し広げて合わせればいいでしょう。

慣れてきたら曲に合わせて踊ってみましょう。
曲は3拍子であれば何でもいいのですが、セレナード・トゥー・スプリングなどいかがですか?

小さなステップで踊れば、けっこう狭い場所でも踊れるのではないかと思います。

しかし、いいのを見つけました。こちらの動画がいいかも知れませんね。
音楽を入れて踊っているこちらの動画もいいですね。
ただ、初めからいきなりこのようには踊れませんので、二人で音楽に合わせて歩くようにステップを踏むだけで十分楽しいと思います。
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順境にも逆境にも感謝

2012-03-27 15:22:34 | 学んだこと
昔から、「自分って何??」って考えるの好きでした。
結婚してからも、部屋の中を行ったり来たりしながら、考えていたこともあり、
妻に「熊みたいに行ったり来たりして、何してるのよ!?」って言われてフト我に返ることもありました。(笑)

今もまだ「自分」の本質にすっきりと気付いたわけではありませんが、
宇宙学を学び、「自分」というものは今、ここに在る、というだけでとても有難いものだと感じています。

何故かといいますと、

  「自分」と自覚している、「今ここに在る」というこの意識は、
  未来永劫、変わること無く、消滅することは無いからです。

  そして自分とは、想念してきた通りのことが、そのことを自覚している・いないに関わらず、
  そのまま目(自分)の前に現象として正確に表現されて消えてゆく、
  という有難いシステムであるわけです。

  現象という結果を体験学習し、それが自分にとっていいと思うならその原因となる想念を続ければいいし、
  いやだと思うならその想念を反省して止めればいい、
  というまったく単純明快なシステムを賜っているわけです。
    
  ですので、今どこにどんな状態で在っても、光の射す方向さえ志向して想念していれば、
  何も心配しなくても、今ここにある自分は、
  より高度な有難い明るい現象が生じてくる幸福な自分になっていけるのでしょう。

これほど安心で嬉しくて言葉に尽くせないほど有難いことは宇宙広しといえども、どこにも無いと思います。

だから、自分が今ここに在ることに感謝、自分を生んでくださった宇宙創造神に感謝です。

ところが、見えない想念のことを知らずに、物理的現象だけを見ていますと、
他の人の悪想念・悪行為のせいで自分に悪影響が及ぶのだと「錯覚する」ことがあります。
しかしそれは自分のかつて放出した想念が他人を介して現象化しているわけですから、
その他人様はただ言葉や態度や行為で表現することを引き受けてくれた可愛そうな恩人であるわけです。
なぜ可愛そうかと言いますと、
その他人さんも悪想念を出したことにより、将来その人に結果が返ってくるわけです。

このことに気付いて心の中で感謝しますと、その他人さんの言葉や態度や行為はより良いものに変化します。
その変化の程度に個人差はありますが、これは実際にやってみれば分かることです。
このことに気付かないと、
可愛そうにもその他人様はまたこちらに気付かせようと悪想念を向けてくれるのでしょう。

ですので、順境にあっても逆境にあっても全てに感謝すること、光の射す方向を向いているだけで、
物理的に何をしていようとも、自分のため、人のためになっているのだと思います。
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好意的想念

2012-03-26 16:54:54 | 学んだこと
私は子供の頃から競争が嫌いで、競争しなければならなくなると、
とてもイヤだという気持ちになっていました。

 『なぜたった一人の優勝者の喜びのために、その他大勢の敗者が羨み哀しまねばならないのか・・
  とても効率が悪い。勝っても負けても競争はイヤだ・・』

しかしこの気持ち、ひょっとして本音では多くの人がそうなのかも知れませんね!?

近年は社交ダンスをしていて、
あまり競技に出たがらない私達夫婦に(実は私に)、教えて下さるインストラクターの方や、仲間の方々から、
事あるごとに、もっと出ろ出ろ!、出たらいいのに〜、何で出ないの〜?、と口々に好意的に言われるのです。
それで、妻は華やかなドレスを着て踊るのが好きで競技会に出ることを楽しみにしていますので、
私は、競技がイヤだという思いと葛藤しながら年に2〜3回、渋々緊張して?参加をしていました。
ですので、競技会で踊っていても表情が強張り、ちっとも楽しそうな表情でなかったようです。

しかし、「与えられたことを感謝して受けよ」で、周囲の人たちが好意的に勧めてくれて、
私もダンスするのが本当は好きですので、競技会という場ではあっても純粋にダンスを楽しもう、
との思いに変えました。

  あなた方がある件に関して、右にしようか左にしようかと迷った場合に、
  そこにある好意的想念が送られたのを感じとったならば、自ずとその方向へ誘導されるでしょう。


それで、昨日、今年初めての競技会に楽しんで出ることにしました。
そしたら、色々と競技会で起こることや感じることが今までと変化したように思います。

  競技の日、一日中室内にいましたが、外はたいへんいい天気のようでした。

  メイン競技と同時に開催された県体の市町村対抗の選手宣誓で、
  「・・・心豊かにダンスを競技することを誓います。」との面白い?表現をされました。

  私の参加したクラスで出演前、列に並んでいる間、知り合いも数人いて、
  お互いに「お手柔らかに!」とか「(あなたに)ついていきます(笑い)」とか、明るい声が行き交い、
  全体として競争意識はまるで無く、和気あいあいとした、たいへんいい雰囲気でした。

  その2次予選で24組から12組が、5人の審判員のチェックの合計点により選ばれることになるのですが、
  何と、同点のために20組が残ってしまったのです。私の知る限りはたいへん珍しい現象でした。
  審判員の先生方の目は確かですので、
  今まで?はそんなにたくさんの人が同点になることは無かったはずなのです。
  「それだけ甲乙付け難い、どんぐりの背比べ、というか・・」と整列しながら笑い合っていました。
  それとも、個性のあるダンスを点数で判定することの本質的な間違いを示しているのかも知れませんね。

  説明し辛いのですが、
  踊りの中で偶然起こる現象に、ああそういうことか、と自分自身納得できることがいくつかありました。

  他のクラスの競技を席で観戦していますと、後ろの方の席から、
  「あっ!、あの人背中からオーラが出てるね。他の人と全然違うね!」、と話し合う声がしました。
  私も見ていてそう思っていましたので、なるほどね、オーラは見えないようで見えるようで!?、
  感じるものなのだなぁ、と思いました。

  競技が終わり、クラス別の表彰式の頃には関係者と受賞者以外はほとんど帰ってしまいました。
  表彰式の最中に私の後ろで、関係者の方がパイプイスを片付けだしましたので、
  私の座っていたイスも差し出しました。
  ともあれ、妻が私に要求していた来年からのクラス昇格の条件を満たせましたので、
  しばらくはあまり「競技会」に出なくて済みそうになりました。

波動の高まりにより、今後とも「競技会」は衰退するか、
中身がより競争意識のない「発表会」に変化していくもの、と思います。
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置き薬

2012-03-20 08:54:23 | 学んだこと
先日、置き薬の交換に担当の方がやって来ました。
以前から、うちではもう使用しないので引き取って下さい、とお願いするのですが、
最後には、いや、そんなこと言わないで置かして下さい、と言われるものですから、
いつもそれ以上はお願いしないのです。

以前は二つの会社のものが在ったのですが、妻が応対した時に上手に?断りまして、
今は一つになっているのです。(笑)
それで、もう一つは私の役目になっているのですが・・。

しかし、数ヶ月前、妻がちょっと長引く風邪をひき咳が酷くなり、
恐る恐る、その置き薬箱の中の風邪薬カプセルを、
処方箋には大人2錠と書いてあったのですが、小人並みに1錠服んだのです。
・・・全然効きませんでした。。
その後数日経ってから自然に治りました。

その事を担当の方に話すと、

 担当者「そりゃぁ、処方をしっかり守ってもらわないといけません。」

 私  「そうですね。。。」

 私  「・・でも、数日経ってから治ったのだから、効いたのかも知れませんね!?(笑)」

 担当者「はははっ、そうかも知れません。(笑)」

また薬箱の引き取りの話しをしますと、
会社としては使用率を統計的に考えているので、別に使用しない家庭があってもそれでいいのだ、
だから置かせてもらえる家庭を増やせば良い、と割り切って考えているようです。
・・しかし、一軒一軒の家庭の人、こちらのことはあまり考えてくれてないですね。。。(笑)

 担当者「やはり、病気になると困りますので薬は必要です。」

 私  「・・いえ、私は病気にならない方法を知っているのです。」と、よせばいいのに、また口走ってしまいました。

 担当者「(神妙そうな顔で)・・それは何ですか??」 

 (短時間で説明できるわけでもないので、)

 私  「・・欲を捨てることです。」と。。

 担当者「ははははっ、私のこの体、取り込みすぎとよく言われます。」(そんなこと出来るわけがない!という感じでした。)

 私  「ははははっ」

そのまま、玄関のドアから出ていかれました。

しかし、今は分かってもらえなくても、いつかきっと、その人にも分かる日が来るので、
その日のためにも知っている人は知らない人にお伝えするべきだと思いました。
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私の夢

2012-03-19 10:50:32 | 学んだこと
日本では今まで社交ダンスというと、競技ダンスが主になっていたように思います。
楽しんで皆んなで仲良く踊ろう、というようなものは若い人たちの間には流行っていませんでした。
ダンスは本来楽しむためのものなのに、競技にするのはおかしいですよね。
これがおかしいと思わなかったのは、やはり私たちはマインドコントロールを受けていたのでしょう。(笑)

それで、今私たちの意識も高まってきたので、競技ダンスをする人がだんだんと少なくなってきつつあります。
しかし、学校教育に今年からダンスが取り入れられるとのことですから、ダンス人口は増えていくことになると思います。

競技ダンスですと、各組がバラバラに自分たちの踊りをアピールするように踊りますから、偶に衝突事故もありますし、ちょっと危険です。
この25日には地元の体育館でも行われ、妻も出たいと言いますので(笑)、楽しむことを目的に出ることにしました。

各組が調和して踊るフォーメーション・ダンスもあるのですが、今まで日本ではあまり流行っていなかったようです。
しかし、他の県の方からの情報によりますと、滋賀県のサークルがそれを一番盛んにやっているとのことでした。
確かに、私も滋賀県内のサークルに所属していますので、フォーメーション・ダンスもやっていて、どの県でもやっているものと思っていました。

私の夢は、いい大人!が(笑)、野で山で街で、仲良く男女が手を取り合ってダンスしている光景です。

それで、今は日本ではまだ社交ダンスは室内でしか踊られませんが、
それを外で踊るようにして、日本の盆踊りのように輪になって同じアマルガメーション(ステップの形の集合)でワルツを踊ったら楽しいだろうな!、と思っています。
地球が自転しながら、太陽を中心として公転するように・・
電子が自転しながら原子核を中心として公転するように・・
それが自然で楽しいことだと思います。

たとえ物やお金が不足しているとしても、もし歌とダンスの習慣があれば楽しみであり、人が孤立することはないと思っています。

そんな夢を持ちながら、サークルでの練習をしていますが、
私の所属しているサークルの団体レッスンでは、
組数の割りには会場が狭く、各組の回転量、動きの方向がまちまちですので、組同士接触することがよくあります。
会員の高齢化もそれに拍車を駆けています。そのことで、役員の方達も対応に苦慮されています。

そこで、レッスンのアマルガメーションを足型図にして会員に配布したらどうか?、と思うようになりました。
試みにそれを試作(男性の足型のみ)してみたのがこの画像です。
同じ動きをして(調和して)接触を避けるのがねらいです。

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想念の作用

2012-03-12 16:26:11 | 学んだこと
想念の作用について改めて思うことがここ最近続きました。

一つには、
つい最近、畏れ多いことですが、両陛下の夢を見させて頂きました。
そしてそれは、陛下の心臓の冠動脈の異常であった原因は、
陛下に届けられる国民の悪想念によるものであることが分かるような内容でした。
陛下は国民の安寧を常に思っておられる特別なお方ですので、国民の悪想念の影響をも受けられます。
申し訳ないことです。

昨日の震災追悼式のお言葉で、

 「国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくよう、たゆみなく努力を続けていくよう、期待しています。」

と仰せになりました。
全文はこちらでご紹介されています。

私たちは、被災者の方々に対して、たとえ物理的に何かの行動を起こせない立場にあったとしても、
機会を作って、少しでも心を寄せる想念を発することが大切だと思いました。
その国民の想念の集合が復興の大きな原動力になるのだと思います。



そしてもう一つには、まず、

  優良星界人は、
  自己自身を傷つけずに相手を傷つけることは不可能である、ということをよく知っているので、
  相手に対して常に好意を持って接する。
  常に愛念を発し、愛念を受ける生活をしている。

  ところが、地球人は日常、自覚を得ずに
  他に不愉快を与え、友を傷悲し、天則の多くを破って暮しているが是に気付かない。
  しかしその者が知ると識らざるとに拘らず、
  「己より発したものが己に還帰する」のが天則である。

ということを宇宙学から学んでおります。

私は生来、上の両方の犬歯が八重歯で、歯並びがよくありません。
女性の場合の片方だけならそれも愛嬌があっていいのかも知れませんが・・、
おそらく私の場合は過去世において、
目上の人に対して良くない言動をしていたのだろうと推測しています。

それで、ご法度の心のうち、目上の人に対する咎めの心を起こさないように、特に注意をしておりました。
それで、この頃はほとんど出さなくなってきたのかな・・、とも想っておりました。

最近、インターネット上のある記事(たぶん私より目上の方の記事)に何気なく書き込みをしたのです。
そしたら、私のその書き込みの後に続いて、2名の方が書き込み(1名は私に向けて)をされ、
それを読んだ私は、心にすごく重苦しいものを感じたのです。
なぜ、こんなに心苦しい想いになるのだろうか?、とよくよく考えてみますと、
やはり何気なく書き込んだ時にその記事に対して「これはあまり良くない。。」というような批判の心を持ってことに気付きました。
結局、私のその重苦しい想念が、

  「己より発したものが己に還帰するのが天則」

の法則通りに、2名の方の書き込みを介して、短時間の内に私に帰ってきたわけです。

やはり、まだ私の批判的な心は押さえつけていただけで、まだ浄化されていないことに気付きました。
ですので、気付かせて頂いたことに感謝しつつ、より一層の洗心の必要性を再認識させてもらいました。
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野に山に街に!

2012-03-09 10:21:42 | 学んだこと
地球以外の星にも人が住んでいて、
その中の優良な星に暮らす人々の生活の有様を多くの私たち地球人が知ることになったら、
あ〜〜、今のような便利な物はそんなに無くても、お互いに心を開いて、もっと毎日楽しく暮らしてもよかったんだぁ!
って思うようになるのでは。。。

その生活風景の一つに

  彼等は舞踏を好むなり

  野に山に街に

  人々の寄る処ダンスあり

  友が歌い友が舞う

  或いは速く 溌剌として舞い

  或いは遅く いと優雅に舞う

  友の歌に合わせ人々自在に舞い踊る

  生ある愉(たの)しさのあまりに舞い

  愛ある悦びのあまりに舞う

ということらしい。


それで・・というのか、8年前、たまたま妻とその友人からいっしょに習おうと誘われたのをきっかけに、
当時はとても恥ずかしながら(笑)、社交ダンスを習いはじめました。
しかし、今は習ってとてもよかったと思っています。

最近あるHPに書いてあった言葉(英文)で、

  ダンスは無音の音楽、音楽は見えないダンス

とありました。なるほどなぁ。。と思いました。
例えば「ワルツ」と聞くと、ダンスなのか、曲なのか、両方想いますものね。
ダンスも歌(音楽、曲)も一体なのですね。
そして基本的に物質的な「物」がなくてもできることですね!
「物」が無くても味わうことの出来る喜びです。

今の社交ダンスは正式にはボールルームダンスといい、室内で行われます。
私はこれが優良星界のように?、外でも踊られるようになることを想像しています。
日本の盆踊りと英国のボールルームダンスを融合させたようなものを想像しています。

野に山に街に!
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お宮参り

2012-03-04 14:09:50 | 学んだこと
昨日、地元の神社へ孫のお宮参りに長女夫婦、妻と共に出かけて来ました。
ちょうどひな祭りで、女の子のお宮参りにはいい日だから?
混んでいるだろうなと思っていましたが、他には一家族しか見かけませんでした。
勿体無いくらい清々しく晴れ渡り、日本の文化の良さに改めて感じ入っておりました。

拝殿の中で神主さんの祝詞奏上の声が響き渡り、
お祓いに頭を垂れるその上で、軽やかな鈴の音を聞き、やはり空間が清められるようで、
儀式の後、神主さんが奏上の声とはうって変わって、
満面の笑みで何かのアニメキャラクターのように
「おめでとうございます!」と挨拶して下さった、そのコントラストの良さ!

掃き清められた境内をそぞろ歩きしました。
本殿の横に昭和天皇が皇太子時代にお手植えされた松の木、今は幹から二本に分かれて大木になっています。
その前で記念写真を撮りました。
30年前にここで結婚式を挙げさせてもらった時のことも回想しました。

帰宅後、他の家族親族も集まってきて、賑やかに持ち寄りのお祝いパーティーが催されました。

ところで、今日はこれから「びわこ毎日マラソン」が家の前を走り抜けていきますので、皆んなで声援を送らせてもらいます。
沿道で声援を送る人々はたぶん、そのマラソンでだれが勝つとかいうことには、ほとんど興味は持っておらず、
ただ、がんばって!という思いを向けたいわけですね。
我が家でも、復路の最終ランナーが通過した後は、だれもTVを見ようとはしませんものね。。

・・・・

今しがた、最終復路ランナーが通過しました。
今日は雨で、例年より観衆がだいぶ少ないようです。。。
やはり競争時は天候がよろしくないのが顕著化しているようです。
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