認知症の母二人

80代の実母と70代の主人の母。二人の母が現在、認知症です。
初めて認知症に向き合い、私自身が混乱の毎日です。

お久しぶりです

2008-07-20 15:25:03 | 実母
お久しぶりです。


みなさん、お元気ですか?


私も実母も、義母もみんな元気にしております。


私自身は子どもの教育費、母の介護費用を稼ぐためにフルタイムで働き出しました。


パートに行っていた先でフルに変わる事ができたら・・・と思っていたところ、タイミングよく上司から声をかけていただきました。


そんな、こんなで忙しくなりブログを更新する事ができずにおりました。


月から金曜日まで仕事をすることにも慣れてきましたので、ここらでまたブログを再開したいと思っています。


暑い時期になりました。みなさんも疲れをためずに頑張れるといいですね


また、よろしくお願いいたします。まずはご挨拶まで
コメント (12) |  トラックバック (5) | 

今頃ですが、今年もよろしくお願いいたします。

2008-01-15 15:15:56 | 実母
昨年暮れから、どうも私自身の体調が思わしくなくブログもすっかりさぼってしまいました。

正直、暮れから正月にかけては私が一年中で一番嫌いな時期なのです。

私が小学生低学年の頃からお正月は泣いてばかりでした。

歳の離れた兄と父が必ず喧嘩になり、これも長期間の休みで顔を合わせる時間が増えるせいでしょうか?

自分勝手で親に迷惑ばかりをかけていた兄。それが許せない父。暗い顔の母。子どもの私はどうする事もできず泣いてばかりのお正月でした。


そして思い起こせば去年のお正月、母は既に約束の時間に約束の場所に来る事ができなくなっていました。

長男の1月受験が始まった頃、早朝、受験時間に関係なく母から電話が架かり、子どもが受験をしている時間に実家へ駆けつけ受験校にとんぼ返り。受験時間に何度も架かる母からの電話に何回も受け答えをして。


そうした思いが波のように行ったり来たりしてたぶん体調が悪かったのだと思います。


年末にはグループホームから「どうしてもお母さんが朝から帰ると言ってきかないので説得してくれないか」と仕事中電話がありました。

さらに母に毎月渡すお小遣いが(管理はGHでしてくれていますが)思いのほか高額になり、この先が不安になったり。

実家は市営団地なので早く引上げないと家賃が引かれ続けていて、光熱費だって基本料はとたれているし、しかし実家のたくさんの荷物を見ていると憂鬱になり。


う〜う〜、うなって最後は『なんとかなるさ。今までだって何とかなった。前を向いて。過去は振り返らない』と言い聞かせていたここ数週間でした。


今日は仕事に行く予定でしたが、娘が登校する寸前に嘔吐をして急きょ学校を休んだため私も休む羽目になりました。


これからの母のこと、来月学習塾に通い出す娘の学費、長男はこの1年、特待生で学費が免除だったけれど今年はばっちり学費を払わなければならなくなりそうだし…『あ〜ぁ、休んでる場合じゃないよ』と嘔吐した後はケロッとしている長女の顔を見ながらまたまた落ち込んでいる私です。


今年もへこみ過ぎないように注意したいと思います。皆さん、よろしくお願いいたします

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 介護ブログへにほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
コメント (12) |  トラックバック (1) | 

無くなっていた写真立て

2007-12-18 08:24:24 | 実母
先週から私の風邪、長男の嘔吐下痢、長女の突然の発熱、そして16日の夜にはストレスからくる私の腹痛で日々の生活がめちゃくちゃになっていました。

昨日から私以外の家族は元気になりましたが、私の体調がいまいちです。


さて、そんなこんなで実母のグループホームへは12月8日に行ったきりです。

その8日に行った時に気になったことが一つありました。


母がグループホームに入った時に5つ位の写真立てに私や孫の写真を入れて母の部屋に飾っておいたのですが、その写真立てが無くなっていました。

母にどうしたの?と聞くと。

「何かがあって、それから無くなったの」と。


職員さんに事情を聞いてもよかったのですが、何となく想像ができて聞くことができませんでした。

たぶん母はなかなか面会に来ない私達のことを怒って写真立てを投げたり、ゴミ箱に捨てたのだと思います。

写真立てはガラスが入っているタイプだったので危ないので、たぶん職員さんが預かっていてくれているのでしょう。母の部屋にはどこにもありませんでしたから。


グループホームに入る前にも母は父に対して怒り位牌をゴミ箱に捨てようとしたとご近所の方から報告を受けていましたので。



母が認知症になってから思うことは、母の混乱した行動はすべて今までの生きざまが反映されているのだということです。


母はいつも自分は馬鹿だと言うものの、常に人を自分より低く見るようなところがありました。

また、すべて自分が正しく家族は「私の言う事を聞かないから失敗を繰り返す」とも思っていました。

だから父、兄、私のやる事はすべて気に入らない。


私が子どもの頃、家庭内に笑顔が無かったのも母のそうした考え方が常にあったからだと思います。

私はそうした母に逆らえず、母を困らせてはいけないと思っていつも緊張状態でした。


他人の前では笑顔でそうした考えを微塵も見せず「家族のために頑張っている」と言っていた母ですが、根底は違いますから認知症になった今、グループホームの職員さんの前で家族を非難する言葉が出てくるのだと思います。


位牌をゴミ箱に投げ捨てようとした母を見ていたご近所の方は「別人のようでしたよ。あのお母さんがあんな行動をとるなんて想像ができませんでした」と話されてた時、母は認知症になりようやく本来の自分をさらけ出せるようになったのだと思いました。


今週末には実家へ行き、郵便の整理をしたり、荷物の整理も始めなければなりませんせん。

その後、長男を連れてグループホームに行こうと思っています。でも正直気が重い私です。


ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 介護ブログへにほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
コメント (8) |  トラックバック (0) | 

警察に届けます…エッ!?

2007-12-10 14:12:33 | 実母
先週の土曜日はグループホームへ提出する診療情報提供書をもらいに実家近くの主治医を訪ねました。

この先生、七十代後半でなんと今月の終わり頃に入院をして手術を受けるそうです。「お大事に」と言う私に先生は「たいした病気じゃないですよ」と笑顔で話されましたが顔色は青くて。病名は伺いませんでしたが心配です。

少々この日風邪気味だった私は午後から昼寝をしていると長男が「ママ〜。さっきからI所長さんから電話だよ」と言って充電中だった私の携帯を持って来ました。

「ハイ!」と電話に出ましたが切れてしまいました。

I所長さんは実母がいるグループホームの所長さんです。

なんだろう?と思いながらかけ直しましたがお話し中。3回ほど架けてもお話し中。4回目でようやく通じたら「お母さんが3時過ぎから居ないんです。見当たらないのです。今から、本部にも応援に来てもらいます。それから警察に連絡をします。それと、もしお母さんが行かれるとしたら実家。ご近所の方に連絡を入れておいてもらえますか」と。

エッ?警察?

その時、まだ午後の3:25。

居なくなってからたいして時間は経っていないのに…

すぐにご近所で一番仲の良かった方に電話をしてみましたがご不在のようで電話に出られません。

そうこうする内に所長さんから再度電話。

「写真、お母さんの写真を用意していただけますか?こちらではまだ写真を撮っていなかったので、警察から必要と言われると思いますから。最近の写真でなくてもいいんです。お母さんの雰囲気が伝わる写真なら」

写真。母の写真。最近の写真は…無い。

去年の10月に娘の七五三で撮った写真があった!

「これから私もそちらに向かいます。何かあればまた私の携帯に電話をください」と所長さんに話して、出かける準備を開始。

なんだか頭の中が大混乱。出かけたいのになかなか準備ができません。

勝手にドアを開けて出ていけないはずなのに。何で出て行けたのかな?どこへ行こうとしているのかな?家に帰る道はわからないだろうし。もしかして○○川がそばにあるから…もうすぐ日が暮れちゃう。どうしよう。

私の悪い想像はどんどんふくらみました。

と、その時「お母さん見つかりました。申し訳ありません」。



良かった。良かった。本当に良かった。

翌日、母に会いに行き聞いてみました「昨日はどこへ行って来たの?」

母「△△(父の実家がある場所でグループホームからは30キロ位離れています)からね、歩いて帰って来たの。道はわからなかったけれど、ちゃんと帰れたのよ」

私「何をしに△△まで行ってきたの?」

母「さぁ。何だろう。忘れちゃった」

その5分後には

母「私が散歩に出たら皆が心配して探してくれたらしいの。大丈夫なのにね」と。


お母さん、大丈夫じゃないから皆が心配するんだけれどね。と言いたかったけれど「そうだったの。散歩だったのかぁ」と余裕を持って答えることができました。


皆とお散歩に行きホームに全員が戻ったと職員さんは思いドアを閉めたところ母だけがホームに戻っていず大騒ぎになったようです。


そんな事件もありましたが母は「皆とも長く一緒にいるから家族みたいだよ。喧嘩をすることもないしね。それに皆がとても良くしてくれてる。優しいのよ」と満足そうでした。

私が編んだベストとマフラーを昨日はプレゼントしました。でも、すぐに首に巻かれたマフラーを見て「これどうしたのかしらね?」と言う母でした。


グループホームの生活に馴染んでくれて本当に安心です。


ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 介護ブログへにほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
コメント (8) |  トラックバック (0) | 

見学もせずに決めたグループホーム

2007-12-04 10:29:14 | 実母
今日はブログ友達(私が勝手にそう思っているだけですが…)のトボさんからのご要望でグループホームに入るまでの母の気持ちについて書いてみます。


母を初めて病院へ連れて行った頃(今年の6月頃です)、母はもちろん老人ホームへの入所を拒否していました。

集団での生活は嫌だという理由です。まぁ、ほとんどの方がそう思いますよね。

そこで私も私の家の近くにアパートを借りようと考えました。そこへ引っ越してもらおうと思ったのです。

私が住んでいる市には高齢者住宅と言うのがあります。そこなら84歳の母にでも貸してもらえるだろうと思ったのですが、想像していた通り「今、空きはありません。また空きが出たとしても、その都度募集はおこないません。決まった時期にのみ募集をします。希望者は多く入居するのは大変です」と冷たい(私には冷たく感じられました)役所の方の説明。

母は決して私の家族と一緒に住みたいとは言いませんでした。でも我が家のそばで暮せることには、かなり期待をしていました。

我が家は一戸建てとは言っても庭もなく一階には座敷がなく、二階に座敷があっても階段が狭くて急なのです。手すりをつけても高齢の母が上り下りするにはかなり危険です。

それがわかっているし、主人の母も認知症でいずれ主人の家に入らなければならない事情もわかっているから同居を言いだせなかったのだと思います。

結局高齢者住宅はあきらめてしまいました。

次に考えたのはもちろん民間のアパートを借りることです。

町内会の役員を主人がやっているのでアパートは何とか借りられるかも・・・と思いましたが「慣れないアパートで火事でも出したら。それに徘徊が始まるかもしれないし。夜は私が泊まらないとダメかもしれない。それに母が認知症だと言ってしまったら貸してくれるわけがない」などなど考え出すと結局民間アパートは無理だと思いました。

そんな時、母の義理の妹(私の叔母)が有料老人ホームに入っている事を母が知ったのです。

でも、すぐにその事を忘れ「叔母の葬式は終わったのか?」と何回も聞かれましたが。

その頃から、私がグループホームについて説明をすると「自分の部屋をもらえるなら入ってもいいよ」と母が言うようになったのです。

とにかく何回説明しても最後まで“グループホーム”という言葉は覚えられずその話題になると必ず「自分の部屋は?」と質問されました。

さてグループホームですが、今までのブログにも少し書いたように電話をかけた先は3件だけです。

初めの所は「では、すぐに申込書を送ります。しかし何人か申し込みの予定がありますので必ずしも入居できるわけではありません。また申込書をお送りいただいた後、こちらにお母さんを連れて来てください」と。

結局、ここには申込書を送りませんでした。

そして2件目。ここは私の息子が通う中学から近く環境も良く電話を入れたところ「空きはないけれど一度見学にお母さんを連れて来てください」と言われました。

が、母の家からは少々遠く一日がかりになります。

それに空きがないなら、いつ入居できるかわからず・・・で、見学には行かず。

最後の3件目。「空きがありますよ。ご希望の所が一部屋空いてます」。申込書をFAXしてくださり仮契約成立。そして、すぐに所長さんが普段の母を見たいと言って逆に母の家に来てくださると言うのです。

場所やホーム内の様子はネットで調べていたので、だいたい分かっていました。なので見学は入居が決まってからでもと思っていたのです。

母は仮入居が決まったことに大喜びでした。

思うに、我が家の場合、見学に行かなかったことが良かったような気がします。

今、入居しているグループホームは母より症状の重い方が多いように思います。事前に母を連れて見学に行っていたら母は嫌がったような気がします。

しかし入居直前には『寮の人の面倒を先生(職員さん)と一緒にみる』つもりで母は入居しましたので最初は時々大声をあげる他の入居者の方に驚いたりもしたようですが今ではそれにも慣れたようです。

グループホーム=引っ越し。それは嬉しいとも思っていた母です。

一時期、兄と同居をしたいと言っていた母ですが水と油のような二人がうまくやっていけるわけもなく、認知症についての理解もない兄が母に暴力をふるうことが心配で「それだけはダメ」と言い続けました。

たぶん我が家に母を連れて来てしまっていたらグループホームへの入居はできなかったような気がします。母自身も納得はしなかったと思います。

母も最後は「一人暮らしはもう無理だ」と頭がさえている日には思っていたのかもしれません。

それに何より一人暮らしが寂しかったのだと思います。今は部屋を一歩出れば誰かが居てくれる・・・それで安心な毎日が送れているのだと思います。

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 介護ブログへにほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
コメント (5) |  トラックバック (0) | 

この頃の実母と私

2007-11-28 08:46:35 | 実母
グループホームに入居したものの手続きが色々あり、忙しい毎日です。

実母はこのところグループホームで「ちょっと家に帰ってくる」とか「電話をしたいのだけれど」と日に何回も言うようです。

所長さんは「そろそろ帰る家は処分をするので、帰る所はここだけなのよ。ここが家よ」と言ってくださると。

また電話については「誰に電話をするの?電話番号はわかっているの?」と聞くと「あら〜わからないわ」と言ってあきらめるので何回同じことを言って来ても同じ返事を繰り返しているとのことでした。

その他、財布がないと言って探したりはするようですが、所長さんが「私が預かっているのよ」と言うと「なら安心だわ」と探すのをやめるそうです。しかし「くれぐれも娘(私)には言わないでね。財布を探してたことは秘密にしておいて」と母が念を押すそうです。

私が母を訪ねた時は「もうあの家はないのよね」と言っていました。
それに洗濯なども「自分でやるのよ。他の人の洗濯物と一緒に洗われるのは嫌だからね」と話して箪笥の中に洗濯物をまとめていました。

それにあんなに嫌いだったお肉や魚(母は昔から肉や魚は汚いと言ってほとんど口にしませんでした)を食べているそうです。本人は食べている意識がないようで所長さんから伺った話です。


母が入居したグループホームは日当たりが良く寒がりの母が薄着で過ごせる環境です。部屋も母が自分で孫の写真を飾ったりしています。「みんなが良くしてくれるのよ。優しくしてくれるの」と満足そうな母の顔を見てホッとしました。


なのに、なのに。私は本当にホッとしているのかと言うと決してそうではないのです。

これで良かったのか?本当に母は今の生活を喜んでいるのか?と考えてしまいます。

どんな時も今の選択がベストであったと思いたいのですが。

午前3時頃になると目が覚めて「母はどうしているのだろう?ベッドには慣れたのだろうか?」などと思ってしまいます。


大丈夫。大丈夫。母の笑顔を信じよう

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 介護ブログへにほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
コメント (14) |  トラックバック (0) | 

グループホームへ入居しました

2007-11-18 20:15:29 | 実母
今日、実母がグループホームへ入居しました。

グループホームに着くまで学校に入るとか、入院するとかと言っていた母ですが喜んで入居をしました。

ご心配をしていただきました多くの方に感謝いたします。

これからは認知症の進行がゆっくり進むことを願うばかりです。

今日はヘトヘトになっておりますので、細かな報告は後日させていただきます。

明日ももう少し必要な物を持って母に会ってきます。

まずはご報告まで。

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 介護ブログへにほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
コメント (9) |  トラックバック (0) | 

笑顔になれない私がいる

2007-11-14 08:49:51 | 実母
夕べも7時過ぎに実母から電話がありました。

話しの内容はいつものように死んだ父が生きているような話し。

「今朝、○○さん(先日、私に電話をくださったご近所さんで死んだ父が女と会っているから駅まで見に行ってくれと母に頼まれ困った方です)から電話があったの。お父さんがお正月のあれで暴れてあれがめちゃくちゃになって、△△が(叔母のこと)がやっているお店が潰れそうだから行くことになっていて、あぁ、それは行かなくなって。お隣は今日は静かになって。あまりに夕べうるさかったから手紙で静かにしてくれって書いておいたの。苦情を言ったりはしていないから。私の性格はそんなことはできないし。ご近所でも、お隣はうるさいって言ってたし。だから今日は物音ひとつしないの。で、○○さんがかわいそうだって言うから。黙って見てたらさっき○○さんが帰って来たようで、家の電気がついたから帰ってきていて、お父さんのことがあるから○○さんにこれから電話をした方がいいのかと思っているの」


その○○さんの連絡先の電番号は私が先日実家へ行った際に末梢してきたので電話はできないし、ましてやその方から母の所に電話があったとは考えられません。

話しの内容はめちゃくちゃで、私の言葉はほとんど耳に入りません。一方的に母が話し続けます。

時々「父は死んでいる」の言葉は耳に届くようですが、またすぐに生きているような話に戻ります。


ご近所にまた迷惑をかけているのか・・・

明日、実家へ行った際にどこまでお詫びに行けばいいのか・・・


一方的に母が話して電話は切れました。


その後、私は身体がブルブルふるえてしばらくとまりませんでした。

夕食の後片付け(何をどう処理したのかよくわかりません)をした後、今度はひどい脱力感。

子ども達に話しかけられても遠くでしゃべっているようでした。


今朝も笑って家族を見送ることができませんでした。

この頃、仕事もつらくなってきています。人に会うのが嫌で電話も怖く感じます。

この症状は十年以上前に経験した心身症の時と一緒です。

体重もこの一週間で2kg減りました。



グループホームからの連絡が一刻も早く来ますように


ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 介護ブログへにほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
コメント (6) |  トラックバック (0) | 

電話も難しくなってきました

2007-11-13 08:44:33 | 実母
先日、実母から電話がありました。

日に3〜4回電話を母から架けている母の同級生がいます。

その方の家に今日は何回架けても通じないので私に架けてみて欲しいというのです。先日、ご近所から母からの電話に困っていると言われていたので、私が母の電話帳(と、言ってもカレンダーの裏に大きな字で書いた物を電話機の前に貼ってあります)を書きなおした際に、その同級生の番号を書き間違えていたのです。

母と電話を切った直後にその母の同級生からも電話が入りました。

同級生の話では、母からの電話に「ハイ」と言って出るとすぐに切られてしまう。

何回か架かってきた後、ようやく同級生だとわかった母は「こんなに心配して何回も架けているのに電話に出ないとは何事だ!」と言って怒る。何回も電話に出たけど切られたよと説明をしても納得するどころかもっと怒ると。



よ〜く考えてみると。母は同級生宅には電話帳を見て架けているのではなく短縮ダイヤルで架けていたのです。

同級生の声もよくわからなくなってきているようです。

私に電話をしてくる時も誰に架けたのかわからない雰囲気をこの頃感じます。



結局、その同級生とは縁を切ると母は言ってきましたが・・・数日経つと忘れてしまうのでしょう。

その縁を切ると私に連絡をしてきた際にも頭がかなり混乱しているようで、またいつもの“父が知らない女と一緒に家に来ている。もうすぐ引っ越す(グループホームに入ることを言っています)のに女がいては戸籍をどうしたらいいのだ?”などと意味不明の会話が続きました。

こんな時、どう返事をしたものか。父が死んだと言うと「そうだった」と言うのに、すぐに「だから、お父さんの女はどうしたらいいの?」と始まります。私が黙っていると「はっきり言いなさいよ!」と怒鳴ります。



電話だけでなく、母とまともな会話ができない時間が増えてきたように感じます。

今日もいったい何が起こるのかな?穏やかな一日でありますように


ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 介護ブログへにほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
コメント (2) |  トラックバック (0) | 

面談を終えて

2007-11-09 08:36:36 | 実母
昨日はグッタリするほど疲れました。

午前中にグループホームの所長さんが実家に来られて面談。

午後は介護認定更新のための面談がありました。


グループホームの所長さんは五十代でとても明るく気さくな女性でした。

見るからに人とのかかわりが大好き!という感じの方です。

母はすっかり所長さんのことを好きになったようです。

所長さんが帰られる時に私がお見送りをしました。その際、所長さんから「随分進んでいますね。1時間も面談をしていると認知症の程度がよくわかりますよ。今日午後、介護認定の方が来る前にメモにこの頃の出来事を書いておくといいですよ。現在行政は在宅介護の方向に進んでいます。ですから認定を厳しくする、つまり要介護から要支援に戻す可能性があります。また新人の認定員の場合、30分程度の面談では正しい判断ができない可能性が大ですから。グループホームでは要支援1になってしまったら入所はできませんからね」とアドバイスをいただきました。


午後、来られた認定員さんはズバリ新人さんでした!

お歳は五十代で、今まで介護のお仕事に係わってはいたけれどこの仕事は初めてなのですという方でした。

母との面談が終わった後、私との面談もありその際に事前に用意したメモも参考にしてくださいと渡しました。



母は足腰がしっかりしており腕の上げ下げや同じ姿勢を保つことはお手の物。まだまだちゃんとできます。

受け答えも大きな声ではっきり話すので確かに三十分程度の面談では認知症の程度を見極めるのは難しいと思います。

けれど昨日は季節をなかなか答えられませんでしたし、住所もしどろもどろでした。



要介護1以下に下がる可能性は少ないと思いますが・・・介護度が上がることを希望しているわけではないのですが。



グループホームの所長さんは本当に気さくな方で面会時間も規則はあるけれど事前に連絡を入れさえすれば出勤前でも夜の少し遅い時間でもOKですと言われました。

入居者の皆さんとは親子のように「それはさっき言ったでしょ!」なんて言いあったりもするのだとおっしゃっていました。



所長さんは母の入所を歓迎してくださり、報告書は入所承認で出すので本部からの連絡を待ってくださいとのことでした。



実は一昨日の晩、別のご近所さんから母の様子を知らせる電話をいただきました。

デイから帰宅した際、鍵のありかがわからなくなりお世話になった方です。

その際、母はかなり興奮をしていて全部亡くなった父が悪いので位牌を捨ててやると言って暴れたようです。

しかし母はそうした出来事もすっかり忘れていて「仏壇の中がめちゃくちゃなんだけれど」と私に電話をしてきました。


グループホームからの連絡を首を長くして待ちたいと思います。


ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 介護ブログへにほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
コメント (8) |  トラックバック (0) |