こんにちは♪こかげのまりひんです。
休業中で尚かつ出産前で時間にゆとりがあるので
「食」と「体」の関連本を読んだり、勉強したりが楽しいこの頃
読めば読むほど、今まで以上に「医食同源」にナットク
しています。
自分の体を作っているのは「食」以外のなにものでもありません。
1に「食事」で2に「食事」。3にも食事。
それに「運動」と「睡眠」と「ストレスのない生活」
それが体も心も健康でいられる秘訣ですね
で、「食」についてはまた熱く語りたいと思いますが(え?別にいいって?)
この「ストレスのない生活」っていうのが難しい・・・と思いませんか
ところが先日、コーチングによる研修を受講して
目からウロコ!!


それは
「自分と他人は違う」というシンプルな考えとコミュニケーションで、日常の多くのストレスから解放される」
ということ。
人間は気がつかないうちに
「相手と自分は同じことを考えていると無意識に期待している」
ことが多くて
「期待を裏切られた」と思うときにトラブルが起きるというのです。
なんだ、そんなこと・・・・と思うかも知れませんが
日常の中で
「こうあるべき」「こうしなければならない」「こうして欲しい」
って思いがちになっていませんか?
(え?ワタシだけ?)
そういう「縛り」的な考えは「相手」が存在する事象であることが多いし
それが叶わないときには、結構ストレスをつくるものです。
始めから「相手と自分は違う」と思うことによって、その縛りから解放される→ストレス減になるのです。
でもこれは「相手に無関心になる」ということではありません。
「コミュニケーション」をすることによって、相手を「理解」し、「認める」ことが大事
コミュニケーションって、社会での適応能力に欠かせないモノ。
ゲームやインターネットが氾濫し、会話することが激減してきた今の時代、
今後、コミュニケーション能力が問われると思います。
そんなまりひん。
最近の子はそのコミュニケーション能力が育っていないなあ・・・と思うことが多いのも子育てしながら感じるところ。
11才の娘が友達と遊ぶ約束をする際、
いつも相手に
「今日は遊べる?」と聞いています。
で、
「無理」と返事されたときに(この「無理」の一言で片付けるのもどうかと思うが
)
娘がいつも傷ついて落ち込んでいるので
まりひんが
「今日は遊べる?」なんていう、「相手に判断を委ねる表現」でなくて
「今日遊ぼう」という「自分の意見をはっきりいう表現」に変えたら?
とアドバイスしてみました
しかし、つい、「お母さんの小さい頃は、そんな顔色を伺うような言い方せえへんかったもん」
いらん一言を付け加えてしまいました
すると娘の一言
「昭和と平成は違う」
ああ、そうですか・・・まりひん、即撃沈
コミュニケーション・・・奥が深うございますね・・・・・


)
(おそっ)










のため









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