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イングランド王ジェイムズ2世妃 アン

2008-11-08 21:12:40 | イングランド王妃・王女
二人の女王の母
ジェイムズ2世妃 アン・ハイド


1638~1671/在位せず

兄チャールズ2世に跡継ぎがいなかったことから王位についたジェイムズ2世は
即位前に、姉であるオレンジ公妃メアリーの侍女だったアンと結婚していました。

アンの父は兄チャールズの亡命政権の国務大臣で後にクラレンドン伯に叙位されています。

     

ジェイムズは母アンリエッタマリアの亡命先であるサン・ジェエルマンを訪れた際
やはり母を訪れた姉の侍女アンを目にしていましたが、その時は特に目をとめませんでした。

しかし2年後姉をハーグに訪ねた時、再び彼女を目にするや猛然とアタック!
「 生まれた子供は王政復古後嫡出子にする 」と約束して彼女を恋人にします。
ところが彼女の妊娠が分かっても、ジェイムズは結婚を躊躇します。

ここで登場したのが兄チャールズ。
同じような立場のルーシー・ウォルターを愛人のままにしておきながら
自分のことを棚に上げたチャールズは「 男なら約束を守れ 」と弟を一喝、
ジェイムズはアンと結婚します。

一説によると、アンはそんなに美しくはなかったらしいのですが
賢明で機智に富んでいたらしく、フランス大使いわく
「 彼女は王族にふさわしい勇気と知性とエネルギーを備えている 」
女性にとっては嬉しいエピソードですよね。

なんだかポートレイトも素朴でいい感じです

アンは死の数年前に密かにカトリックに改宗したらしく、その影響かどうだか
アンの死後ジェイムズも自分がカトリックを信奉していることを公言します。
当時これは大変間違った行動でしょう

兄チャールズは密かにカトリックに傾倒していましたが死の時まで黙っていました。
結局これが後々、カトリックへの公職登用禁止の可決や
ジェイムズの王位継承排斥法案提出につながっていきます。

とはいえ二人の間に生まれた娘たちメアリーアンはプロテスタントで育てられたため
後に女王の座に就くことになります。

夫は王、娘二人は女王になりましたが、アンはそれらを知らずに34歳で亡くなります。

ちなみに、ジェイムズ2世の愛人アラベラ・チャーチルも
そんなに綺麗じゃなかったらしいんですが(美脚だったらしい)知性派だったそうです。

              
                アラベラ・チャーチルです
                       うーん…確かに…

  
ジェイムズ2世って女性を見る目はあったのかも って思いたいわ。
顔だけじゃなくて知性で選んでるんですもの!

(参考文献 森譲氏『英国王室史話』 Wikipedia英語版)

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