マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

『神の沈黙』 と 『人間の沈黙』 そして 『今の時代の者たちには、決してしるしは与えられない。』

2017-02-13 22:57:33 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

今、話題の映画。             『沈黙』 

                                             夫用と私用の二冊。
      
         半世紀ほども前の学生時代に読んだ『本』。
      『映画』を観る前に、夫と二人で、『本』を読み返しています。
    学生時代の読後の感想は、年を重ねた今、その読後感想は変わったのか?
  『映画』を観る前に、我が信仰宣言を、しっかりと、我にしておかなければならない。

          神は、沈黙しているのか?

      『主は、風の中に主はおられなかった。
   風の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも主はおられなかった。
   地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。
       火の後に、静かにささやく声が聞こえた。』  列王記上 19章11&12節

     神は決して沈黙はしていません。 その声は『ささやく声』なのです。
 
 天地創造以来おしゃべりの止まらない神。  『天地創造 アダムの創造』        ミケランジェロ作品

人が、自らおしゃべりをやめて、黙して、静かにしていると『神のささやく声』は聞こえるのです。

            
                『アダムの左手と神の右手』  
                              『アダムの創造』の部分。
           父なる神の手が、アダムに生命を吹き込む図像。

 天地創造以来・・・

     『神のささやく声』 は 『人間の沈黙』においてのみ、聞こえるということですね。


そして。

今日は2月13日。年間第六月曜日。

     『今日の福音 イエスの言葉』

『ファリサイ派の人々が来て、イエスを試そうとして、天からのしるしを求め、議論をしかけた。
   イエスは、心の中で深く嘆いて言われた。

 「はっきり言っておく。今の時代の者たちには、決してしるしは与えられない。」
                                       マルコ福音書 8章11-13


      『神の声・ささやき』を、おしゃべりが過ぎて、聞こえにくくなっている私たちです。
         同様に。
      『神のしるし』も、自分の思いが強すぎて、見えにくくなっている私たちです。

 イエス・キリストの誕生以来・・・
 全聖書の預言の対象は、イエスの十字架上の贖罪において、完成成就。

  『イエス』こそが、唯一、最後に、不変に、私たちに与えられた、『天からのしるし』なのです。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
時代が変わって・・・諸々が変わります。
その中で、永久不変のものを捜すのは、大仕事ですが、面白いですね。 人生の醍醐味です。

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