マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

快気登山。 そして 『エマオへの道』・・・私たちの信仰生活の旅。

2017-04-19 09:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

  6か月ぶりの、5人登山仲間の、『櫻会』

 
 須磨浦公園から、登り開始。 

          恵まれた青空。さわやかな風。暖かい陽射し。

  登山月例会を繰り返し、低山から高山まで、登山を楽しんできた五人仲間:『櫻会』
 
       6か月前。仲間の一人が、『市検診』で、病気が発見された。
       それから。
       6か月間。手術。科学療法。と。闘病生活を全うされました。
       
そして。
       今日。
「お陰様で半年に渡る治療が無事終わり、簡単なところから、山歩きをお付き合いください。」と。 
 

        喜んで、全員集合。 
        穏やかな山道を、快復を喜び合って、共に歩く。

 

          いつものように。 山頂での『昼食』

     9時:スタート~15時半:温泉到着。6時間半の嬉しい『快気登山』でした。
    友人の絶望することなく頑張った後に与えられた『善き日』でした。嬉しいですね。

そして。

今日は4月19日。復活の水曜日。

『今日の福音 イエス・キリストの出現と御言葉』

     『ちょうどこの日[主の復活の初めの日であったが、]二人の弟子が、
        エルサレムからエマオへという村に向かって歩きながら、
        この一切の出来事について話し合い、論じ合っていると、

                              『エマオへの道』
 
        『イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始めた。
     しかし、二人の目はさえぎられていて、イエスだとは分からなかった。』


二人は、
 イエスに希望を抱いていましたが、
 イエスの苦しみの死・十字架の磔刑を理解できず、むしろ絶望して、エルサレム:信仰を離れました。
 私たちも、
 苦しみと悲しみの日々が続くと、
 イエスを見失い、二人の弟子同様に、絶望に陥ったりします。 
     そんな時・・・
私達の信仰を強めるために、イエスは、二人のそばに現れたように、いつも共にいて下さるのです。

      

     『イエスは、
   「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。
     二人は暗い顔をして立ち止まった。
     その一人が答えた。
「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」
      イエスが、
         「どんなことですか」と言われると、
       二人は言った。
 「ナザレのイエスのことです。」と、十字架の出来事、墓から遺体がなくなったこと等、を話した。

  イエスは言われた。
「ああ、物分りがが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、
 
 
   メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」
   そして、
        モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、
        御自分について書かれていることを説明された。』


      イエスの『説明』は『聖書全体』についてでした。
  イエスは、
  現在の私達にも、ミサの『ことばの祭儀』で、『聖書全体』について話して下さっているのです。
     信仰の日々・・・『聖書の御言葉』を学び、信仰を深めていくのです。


『福音の御言葉』は続きます。

   『イエスは共に泊まるために家に入られた。

        一緒に食事の席に着いた時、
  イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。  

   『すると、二人の目が開き、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。』


  『エマオへの道』は、私達の信仰生活 又 ミサをも表しています。 と私は思います。
  イエスは、
  現代の私たちにも、ミサの『感謝の祭儀』において、
   私達の信仰を確実の信仰にするために、『パンとぶどう酒』を与えてくださるのです。


『福音の御言葉』は喜びに向かいます。 


  『そして、二人は、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、      

『十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。
二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。』
                                          以上。ルカ福音書 24章13-35節

私たちも、
希望が見いだせない程の絶望の中でも、
その姿は見えなくとも、イエスは共にいて下さり、私達の信仰の目を開いてくださるのです。
共に『エマオへの道:信仰の道』を歩んで下さっていることを、信じることができるのです。 嬉しいですね。
そして、
   二人の弟子のように、『嬉しい喜び』を、お人に話しにまいりましょう!走りましょう!

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
人生いろいろ。悲しみと苦しみ そして 喜び、の連続です。希望を失わず頑張りましょう! 

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