marcoの手帖

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世界のベストセラーを読む(135回目)

2016-09-18 20:02:40 | 日記
◆世界のベストセラー聖書を読む◆
120回目あたりからイエスのその時、passion(十字架)から外れて記者ヨハネさんの謎について書いてきた。すべてのしがらみから解放されて命の言葉を一人ひとりのものにと進めてきた(つもり)。その中でヨハネ伝のヨハネさんは謎がありながらも最もイエスを伝えねばならないとその復活の(目で見て、手で触り確認できるその神の”わざ”)の事実の証言を将来の人々に伝えねばならないと全霊をもって願った人(群れ)としての記録を残したのだと僕は読んだ。それは、世界の人々が命を(霊)を与える父なる神のもとへの帰還を知らしめるものとなったのだとおそらくM.Lさんの考えも行きついたのであろうと確信したのでした。だから、まず記者ヨハネの書いたものを読めと・・・。
◆神学的に信者の復活は、今この肉として生きて意識しているそのままが眠りから覚めるということに説明されています。日常の目覚のように。しかし、実際この肉体の疲れやら、日々の仕事や人付き合いやらで、とても絶好調の状態で復活などできないし、そのバラ色の状態のイメージができないという時が殆ど。そこで、生きている間にイエスの十字架(受け入れること)が必要なのであると僕は考えている。生きていて私(イエス)を信ずる者は永遠に死なないと彼は言われた。つまりは、手っ取りばやく言えば、自分の天国への帰還には、欠陥だらけの部分はイエスの十字架のパスポートで関所を通過できるのだと考えているんだ。で、今のしんどいところは、イエスが「汝の十字架を負って我に従え」と言っているように思うんだな。(ちょと都合のいいように聞こえるだろうけど)。
◆これは真摯に自分とは何かを考えてドンと行きついた結果が僕にとってはイエスの十字架の根元だったということだ。甦ったラザロは結局死んだのだ、しかし、希望をもって死んだのだ。・・・つづく 
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