marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

世界のベストセラーを読む(424回目)寄り道その三:明治の文学 評論家佐古純一郎という人がいた②

2017-08-29 06:37:33 | 日記
 夏目漱石の「こころ」を読んで感想文を書きなさいと宿題が出されたのは、高校2年の夏休みの時だったか。何もかもに言葉不足だった、おまけに経験などもないのに、宿題はなんとか済ませたものの正直、女性の三角関係で、先生が最後に自殺し主人公に手紙を託すというその内容に、なんだこりゃ・・・だった。これは、当時の作家が人のエゴイズムについての問題として今でも語られる。
 国語の教科書に掲載されて、紹介の佐古の本に取り上げられて記憶にある作家は、川端康成の「雪国」の有名な冒頭と「駅長さぁ~ん」と呼ぶ娘さんの声と列車の中の窓に写った向かいの娘の情景・・・うまいなぁ。寒い雪国の夜、駅に止まり開けた窓から入る冷気と、今までの沈黙を破る元気な若い女性の甲高い声・・・。視覚と皮膚感覚と聴覚と。
◆大人になってから気になったのは、温泉芸者の駒子に「この指が君を覚えていたよ」とかいう台詞・・・なんだこりゃ、で、当然ここまでは高校の教科書には掲載されない。(※実際の駒子さんについては別途、ブログに新聞記事の切り取りを持って「雪国」の文庫本に挟んでいたので掲載したいと思います。女優の十朱幸代さんが舞台劇で演じていたのを記憶する。)
◆「伊豆の踊り子」の冒頭は、あの林修先生も言ったけど、情景描写が本当にうまい。森鴎外は「舞姫」。これも現実話(つまり当時のドイツに留学した鴎外の私生活の裏事情)までは、高校では説明しない。あくまで高校での勉強は、文章表現についてのみ学ぶためなのであったのだろう。さて、ここから表題の 佐古純一郎 「文学をどう読むか」の中の「近代日本文学と倫理」から「明治の文学」の「むすび」からの抜粋。 
◆(アンダーラインは僕)******************************************
 ヨーロッパの近代文明の移入と近代的ヒューマニズムへの接触がわたしたちの明治の精神に近代的な自我の自覚を促したことは間違いの無いことであった。文学はなによりそのことを如実に物語っている。しかし、結局そこでは近代的な自我の確立というようなことはついにありえなかった。したがって、力強い個の倫理というものもつくりだされるわけにはゆかなかったのである。倫理の規範は教育勅語というような抽象的なそして観念的なかたちでしか示されていなかったので、もちろんそのような抽象的な観念が、文学の世界に人間像として具体的に形象化されるはずのものではない。
 人間を善悪美醜の観念にとらわれないで、あるがままにとらえようとした自然主義文学も、けっきょくは人間が絶望するという虚無のまえにしか人間を導いてくれなかったのであって、そこから力強い倫理などが生まれて来ようはずはなかった。
 このことをもう少し本質的な問題として考えてみると、人間における個の自覚は、神の前での自己の認識をとおしてのほかに成り立ちようがないことを如実に物語っているといえないだろうか。ヨーロッパの文明を受け入れながら、その文明の基盤をなしているキリスト教との関連をあまりに無造作に無視してしまったということ、そこにわたしたちの明治の文化の不毛性があったのである。ヨーロッパの文学が豊かに受け入れられながら、その影響はただ表面的な技術の部分にとどまって、どこにも主体的なかたちであらわれてこなかったことも、そういうところに問題がひそんでいたのである。
 神との真実の対決のないところに力強い人間の倫理が生まれてくるはずはない、ということをわたしたちの明治の文学はなによりもはっきりと示しているように思われる。そこでは人間関係がただ感覚的にしか追究されていない。現実がただ表面的にしか描かれないで魂の苦悩にまで表現が及んでいないのである。作家のなかに倫理的なモチーフがあまりに弱いからである。
 そのような明治の文学のなかに夏目漱石の文学を持っていることはせめてもの慰めであるといってよい。少なくともそこには主体的な個性の苦悩がある。〔・・・・〕「私の個人主義」そのような苦悩の中で漱石がつかんだものが自己本位という生き方であった。〔・・・・〕最後には「則天去私」というような観念的な人生観のなかに自己からの逃避を試みなければならなかった漱石を考えたとき、漱石における自我の自覚ということさえまことにその根拠は薄弱であったというほかはない。
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◆夏目漱石が今でも評価され続けていることは、この課題を今でもこの国の多くの人々が、自己の確立を模索しているということになるのだろうか・・・・ 続く   

 

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