気ままに

大船での気ままな生活日誌

短歌を詠む科学者たち(松村由利子著)を読む(2)永田和宏の場合

2017-11-14 10:24:03 | Weblog

短歌を詠む科学者たち(松村由利子著)の紹介文、第2弾です。今回は第5章:細胞のふるまいと歌の狭間に/永田和宏の場合です。

この章は、細胞生物学者、永田和宏だけではなく、著名な歌人である、妻の河野裕子との人生物語である。おふたりの歌のやりとりが心に沁みる。

1947年生まれの永田和宏は幼少のころより、科学者の伝記物語が好きで、エジソンやジェンナー、キューリー夫人、野口英世、湯川秀樹にあこがれた。高校に入ったころから物理が好きになり、京大の物理へ進学した。1970年に退官する湯川秀樹の講義を滑り込みセーフで聴くことが出来た。ところが大学院の入試に失敗してしまう。しかし、この時期にふたつの大事なものを手に入れる。一つは短歌の会に入ったこと。そして、歌会で京都女子大からやってきた、後に伴侶となる河野裕子との出会いだった。ふたりは、たちまち恋におちる。

あなた・海・くちづけ・海ね うつくしきことばに逢えり夜の踊り場 (永田)
噴水のむこうのきみに夕焼をかえさんとしてわれはくさはら (永田)

われを呼ぶうら若きこゑ喉ぼとけ桃の核ほどひかりてゐたる (河野)
夕闇の桜花の記憶と重なりてはじめて聴きし日の君が血のおと (河野)

 物理学に”落ちこぼれ”、永田は森永乳業中央研究所に就職し、河野と結婚。バイオテクノロジーが脚光を浴びた時期で、動物細胞の培養をはじめた。研究がこんなに面白いものかと、熱中。しかし、より自由なテーマで研究したいと、29歳のとき京大研究所に無給の研究員として移る。一家を支えるため、学習塾で物理を教えた。確たる見通しもなくがむしゃらに頑張った。

採血の終わりしウサギが量感のほのぼのとして窓辺にありし
心臓穿刺ののちゆわゆわとふくらめる白きねずみを手につつみたり

1976年、学位をとり、研究所の講師に。1984年、ワシントンDCのNIHに留学。ここでの研究テーマはコラーゲンと結合し、さまざまな働きをする受容体を見つけること。

ミュータントを択ぶ作業の単純が夜半におよべば溺るるごとく
遺伝子の配列を読む単純に曇りて長き午後をこもれり

そして、重要なヒートショック(ストレス)たんぱく質を発見。帰国後、教授となり、この仕事を進め、この蛋白質が重要なコラーゲン合成に関わるシャペロンであることが証明される。

強いて言はば遊びにも似て遺伝子の切り貼りぞわが生業のうち
紫外線とう見えざる光に浮き出づるあけび色なり遺伝子ほのか

研究だけではなく短歌の編集長もやり、忙しい日々がつづく。

ねむいねむい廊下がねむい風がねむいと肺がつぶやく

永田の発見したシャペロンの臨床応用への期待が高まってきた。しかし、十分な基礎研究が必要だ。

応用へ応用へと話題を移しゆく記者にいらいらと応えおりしか

妻との二人三脚で歌人の道を歩む。永田をみつめる河野裕子の歌が面白い。

選歌して眠たくなれば下りてゆく階下(した)にも一人が選歌してをり
科学者の客ばかり来るようになり気楽なれど退屈なり
文献を握りしままに眠ゐるこの人はもう六十のやうに疲れて
歯ぶらしをくはえたままで湯に眠るいくらなんでも永田和弘

しっかりと飯を食はせて陽にあてしふとんくるみて寝かす仕合わせ
をんなの人に生まれ来たことは良かったよ子供やあなたにミルク温める

早すぎる別れ

2000年に、河野の乳がんが見つかる。永田のショックは大きく、非常に動揺した。

何といふ顔してわれを見るたるものか私はここより吊り橋じゃない 
わたしよりわたしの乳房をかなしみてかなしみゐる人が二階を歩く

手術から8年後に乳がんの再発、転移が見つかる。

大泣きをしてゐるとこへ帰りきてあなたは黙って背を撫でくるる
わたしより不安な不安な君なれど苦しむ体はわたしの体

ふたりだけの老後のために建てたるにふたりとふ贅沢を沁みて思ふも
この桜あの日の桜どれもどれもきみと見しなり京都のさくら

車でも車椅子でもどこまでも連れて行くからひとりで行くな (永田)
ともに過ごす時間いくばくさはされどわが晩年にきみはあらずも(永田)

再発2年後に、64歳で河野裕子、亡くなる。

最後までわたしの妻でありつづけたあなた、ごはんは、とその朝も言えり
きみの歌の最初の読者はいつも私だった四十年もそれは続いて
言わんこっちゃないとやっぱりあなたは言ふだろうか朝まで風呂で寝てゐたなんて
よく笑ふ妻でありしょ四十年お婆さんのあなたと歩きたかった

その後、永田は、三十年つとめた京大から京都産業大の新設の学部長に転身。短歌結社の主宰も若い人に譲る。

 

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