気ままに

大船での気ままな生活日誌

柳家権太楼独演会

2016-09-18 09:51:17 | Weblog

おはようございます。

第二回鎌倉笑輪会の落語を聞いてきた。6月の第一回も聞きに行ったから、連続参加。前回は菊之丞と談笑だったが、今回は権太楼の独演会。独演会とはいっても、一人でしゃべっているわけではなく、開口一番には二つ目の柳家さん光の噺があり、落語評論家の長井好弘さんとの対談もある。その間隙を縫って(笑)、権太楼師匠が二つほどの演目をという構成である。

ぼくはときどき浅草や鈴本にも行くので、権太楼師匠の噺は何度か聞いているが、ホール落語ははじめてかも。独特な、風貌と雰囲気と語り口が好きで、フアンである。もちろん噺も上手で、りっぱな賞をいっぱいとられている。1947年生まれというから、ぼくと同世代。対談で子供の頃はろくなものを食べていなかったという話があり、(たまの)一番のご馳走は、まぜごはん(炊き込みご飯)だったと言われたときにはみなうなずいていた。観客もみな同世代(笑)。長井さんによると、江戸時代の庶民は一日、5合の米を食べ、おかずは少量のしょっぱいタクアンと辛い佃煮くらいだったという。われわれは、ずいぶん贅沢な時代を生きているのだ。

はじめの演目が”猫の災難”。隣りのおばさんが頭としっぽが残っている大きな鯛を捨てにきた。猫のお見舞いにもらったもので、猫に身を食べさせた残りだという。お酒を飲みたい熊さんは、これをもらって迷案を考え出す。すり鉢をかぶせると、無傷の鯛にみえる。これをもって酒好きの兄貴分のところへ行く。いい肴があるな、一杯やろうや、と五合の酒瓶を買ってくる。熊さんは燗の用意をしている隙に鯛を隣りの猫に食われしまったとごまかす。気のいい兄貴分は、しょうがないなと今度は鯛を買いに行く。それからの権太楼の酒の飲み方が見所(笑)。ちょっと味見、もう少しはいいだろうと、うまそうに茶碗酒を飲む、ほんとにおいしそうに飲む。のみすけではないとできない芸ですナ。ぼくも、この芸だけはできるかも(汗)。たたみにこぼしたお酒までちゅうちゅう吸う。結局、全部、飲み干してしまう。さて、どうゆういいわけにしようか、隣の泥棒猫がまた来たので、追いかけまわしたときに蹴って、こぼしてしまった、ということにしようと、へべれけに酔ったまま寝てしまう。兄貴分が帰ってきて、猫のせいでと言い出すが・・・そのとき隣りのおばさんが怒鳴り込んできて、すべてをばらすのだった。とんだ猫の災難でした。

そして、ふたつ目の演目は人情噺で”心眼”。目のみえない夫と心優しい妻の物語。浅草で按摩をやっている夫が、親身になって育てた横浜の弟に当座の金を無心に行ったが、馬鹿にされて、しょんぼり帰ってくる。妻は、あたしも自分の寿命を縮めても、おまえさんの目が開くように薬師さまにお願いするからとなだめる。そして、満願の日、薬師さまの前で、得意先の上総屋のだんなが通りかかり、お前さん目が明いているではないかと声をかける。あっ、何もかも見える。人力車も、街行く人々も。だんなについて浅草仲見世まで行く途中で、自分が男前であること、女房のお竹はぶすだが、気だてのよい貞女であること、芸者の小春がおまえを好いていることなどを聞かされる。そこでぱったり出くわしたのが小春。誘われるままに待合に入り、杯をさしつさされつ・・・お竹なんかどうでもいい、これからは小春と一緒にと言う・・・・そのときお竹が現れて、何をしてる!と首を絞める。うううう。

おまえさん、何をうなされているんだい、とお竹のやさしい声。実は夢だったのだ。おい、お竹、おらあもう信心はやめるぜ、なぜさ?目が見えねえのは、妙なものだ、寝ているうちだけ、よぉく見える。

楽しくもあり、しみじみとした情感もありの、さすが、権太楼師匠の噺でした。

では、皆さん、今日も一日、お元気で。無理をしないで、でも、なまけずに。

(師匠自筆の色紙)

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