気ままに

大船での気ままな生活日誌

むだということ

2017-07-11 08:34:04 | Weblog

おはようございます。

ここふた月ほど、外出が少なかったせいか、書棚の本を取り出すことが多くなった。若いときから、湯川秀樹博士の随筆が好きで、7,8冊はもっていたが、定年退職時の蔵書大整理で、現在は、湯川秀樹自選集1(学問と人生)と3(現代人の知恵)の二冊だけになった。

湯川秀樹の随筆というと、まず、”むだということ”を思い出す。これを職場の文化祭の関係だったと思うが、”職場新聞”で紹介したことがあり、覚えているのだ。その小文を、”現代人の知恵”のうしろの方で見付け、懐かしく読み返した。もう半世紀近くになるが、その内容は、老いてもガッテン!(笑)だった。で、ここでも紹介しようと思う。ぼくがむかし、紹介したのは、以下の冒頭の文章だけ。

人生には”むだ”がつきものである。お正月の数日間など”むだ”だと思う人も多いであろう。しかし、人間は年がら年中、ぎりぎり決着の所で生きてゆくわけにはいかない。適度の無駄があって、はじめて人生にゆとりができる。それどころか、”むだ”の中にはむしろ必要なもの不可避なものさえある。一口に”文化”といわれるもののなかには、どうしてもある程度の”むだ”がまじってくる。そして一番困るのは、その中のどれが果たして不必要な”むだ”であるか、判定が容易でないことである。そもそも人間活動の中に、果たして”むだ”に終わるかどうか的確に予知できない要素が多分にふくまれていること自体が人間の生き方、考え方に本質的な意味をもっているのではなかろうか。

そのあと、”生物の進化とむだ”、次に”研究とむだ”について具体的に論じている。研究というものは、ある程度の”むだ”を避けることが出来ないし、科学先進国は、どれも研究の段階で相当な無駄を惜しまなかった国である。よその国にそれをお任せばかりしている国は、いつまでも科学後進国のままである。

そして、こうまとめている。研究段階である程度の”むだ”があっても、出来うる限りのいろいろの可能性を追求しておくことが、前途の大きな危険を避け、正しい道を選ぶのに役立つのである。人類の賢明な進化の方策、あるいはもっと狭く一国の発展の方策をきめる大切な目安がここにあるといってもあながち我田引水ではなかろう

たしかにその通りだと思う。しかし、現代の世の中はそうは動いていないようにみえる。ぼくのいた職場の半世紀近くの変遷をみてもそう思う。最新のノーベル賞学者である大隅良典さんがいみじくも、会見でこう述べている。

サイエンスってどこに向かっているかというのはわからないところが楽しいことなので、そういうことが許されるなか、やっぱり社会的な余裕みたいなものが必要ですね。・・・”役に立たない研究をしよう”と言うと、最近の学生はびっくりする。”科学は金もうけのためのものではなく、社会を支えるもの。すぐに役に立つことばかり求めていたら基礎科学はできない”

まさに、湯川さんと同じく、基礎研究には”むだ”が必要不可欠なものだと言っておられる。みかけ上の”合理化”や”実利”ばかりを追い求めていると、大事なものがするりと抜けおちてしまう。ノーベル賞学者をたくさん出した科学先進国も、うかうかしていると、いつのまにか科学後進国の仲間入りということになるのでは。

なんて、えらそうなことを言ってしまったが、毎日、100%”むだ”な生活を送っているぼくは、逆にもっと社会に”役に立て”と言われそうだ。

湯川秀樹博士(湯川秀樹自選集1”学問と人生”より)

それでは、今日も一日、むだをいっぱい入れて、お元気で!
 

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