気ままに

大船での気ままな生活日誌

千早ふる

2017-07-13 10:31:50 | Weblog

おはようございます。大相撲名古屋場所が連日、満員御礼で賑わっていますが、おすもうさんが落語に出てくる噺をご存じでしょうか。ぼくが以前、紹介した佐野山(横綱谷風の人情相撲)、花筏もそう。そして、今回の”千早ふる”も元大関、龍田川が登場します。では、お楽しみください。

三遊亭遊三師匠の登場です。演目は”小遊三の千早か、千早の小遊三か”と言われた、”千早ふる”。1947年3月生まれだから、もう70代に

無学なおやじが、学校へ行っている娘から、百人一首のひとつ、在原業平の歌、”千早ふる神代も聞かずたつた川からくれないに水くぐるとは”の意味を聞かれる。おやじさん、もちろんわからないが、あとで教えると言って、近所の物知りのご隠居さんを訪ねる。

ご隠居も実は知らないが、知らないことはないといつも自慢している手前、むにゃむにゃ言いながら、自分勝手な解釈をはじめる。おやじさんもちょっかいを入れながら、話がだんだん出来上がってゆく。

まず、苦し紛れに、”龍田川というのは、相撲取りの名だ”とやってしまう。これをもとに噺が進む。龍田川が田舎から出てきて、酒断ち、女断ちして、一心不乱にけいこした。そして、その甲斐あり、大関まで出世した。そんな大関が客に連れられ、はじめて吉原の夜桜見物にやってきた。そこで、出くわした花魁道中。千早大夫という花魁に一目惚れ。茶屋で言い寄るが”あちきはすもうとりがきらいでありんす”と袖にされてしまう。がっくりして、次に、妹分の神代太夫に声をかけると、”姉さんが嫌な人は、あちきも嫌でありんす”とまたられてしまった。

すっかり相撲取りが嫌になった龍田川は、田舎に帰り、実家の豆腐屋を継いだ。数年が経ち、お店は繁盛した。そこへ、女乞食が通りかかる。おからでも恵んでくれないかと頼む。龍田川が、遠慮なくどうぞとたくさんのおからを差出して、その顔をみてびっくり。その女はあのときの花魁、千早のおちぶれた姿だった。

思わずカッとなる。大関を捨てて、田舎の豆腐屋になったのは、おまえのせいだ。おからはやれないと、突き飛ばすと、井戸のそばに倒れ込み、そのまま井戸に飛び込んだ。

千早に振られたから”千早ふる”、神代も言うことを聞かないから”神代も聞かず龍田川”、オカラをやらなかったから”からくれないに”。そして、井戸へ落っこって水を潜るから”水くぐる”。どうだい、これがこの歌の解釈だ、えへん。

じゃ、最後の”とは”ってえのは何のこと?とおやじが突っ込むと、咄嗟の機転で、そ、それは、うーん、千早の本名だった。

わけのわからない、苦しまぎれのオチでしたが。。。

おあとがよろしいようで。

こうゆうふうな、とぼけた歌の解釈ならぼくの得意とするところ。百人一首をもとに新作落語をつくってみようかな。

それでは、みなさん、今日も一日、暑さに負けず、お元気で!

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