気ままに

大船での気ままな生活日誌

速水御舟の全貌/日本画の破壊と創造

2016-10-16 10:01:18 | Weblog

おはようございます。

山種美術館で速水御舟展が開幕したので、出掛けてきた。10時開場、一番乗り。

御舟(1894-1935)といえば、40歳の若さで夭折したが、その間、サブタイトルにあるように”日本画の破壊と創造”を繰り返した。進化し続ける日本画家だった。

はじめに鍋島の皿に柘榴の小品が迎えてくれた。先日、佐賀で鍋島をたっぷり見てきたばかりなので、つい頬が緩んでしまった。27才のときの作品。白磁の皿の枇杷(長谷川町子美術館)というのもあるが、どちらも第2章”質感描写を極める”。まさにその通りで本物のような質感。

鍋島の皿に柘榴(1921年)

展示品の大部分は山種美術館所蔵だが、そのもとは、山崎種二が旧安宅コレクションの105点を一括購入したものである。これだけ揃えているところはなく、”御舟美術館”とも言われている。ぼくも、ここには幾度となく足を運んでいるので大部分は再見のもの。ぼくの選んだベストスリーは、下の三つだが、そろって展示されることはめったになかったように思う。今回も前後期で分けられるかと思ったが、なんと、第3章 炎舞から名樹散椿へ/古典を昇華するの中に勢揃いしていたのである。ぼくの三点セットとは、すでに章タイトルに出ている二作品と翠苔緑芝。炎舞は、奥まった第二展示室に神さまのように祀られていたが、ほかの二つの名品は並んで展示されていた。(その日のあとにみた鈴木基一の夏秋渓流図屏風と風神雷神図襖のように)。では、御舟のふたつの屏風を並べてみよう。

翠苔緑芝(1928)



名樹散椿(1929)

さらに、ここでは、さらに炎舞も並べてみる。

炎舞(1925)

これだけでも大満足なのに、さらに、歌舞伎座から”花の傍(1932)”が来ていたのだ。第4章渡欧から帰国後の挑戦の作品で、帰国して、人物画をまたはじめようかと書き始めた頃の絵。モデルの花子さんは、御舟の親戚のお嬢さんで、のちに茅ヶ崎の氷室家に嫁入りし、”氷室椿庭園”をご夫婦で自宅の庭園につくられた方なのだ。

この絵のあと、未完の大作、”婦女群像”を手掛けるが、それには花子さんと共に、女優の小暮美千代さんの妹さんもモデルになる。その下絵を茅ヶ崎美術館で観たことがある。残念ながら完成をみず、亡くなられてしまった。

この時期の花鳥画にもいいものが並ぶ。鈴木基一と似たような雰囲気の絵もある。

墨牡丹(1934)

これは少し前のだが、夜桜(1928)

絶筆は円からなる月(1935)。皇居の松と満月を描いた。


文句なく、楽しめる、素晴らしい展覧会だった。

それでは、みなさん、今日も一日、炎のように燃え上がり、お元気に!

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