茅ヶ崎美術館で”詩情の画家・佐々木壮六”展が開催されている。佐々木は1936年、大阪市で生まれ、京都の美大を出て、明星学園、大谷学園の教諭をしながら画業を続けていたが、1971年、上京し、画業に専念することとなった。藤沢に居を構え、2000年、64歳で亡くなるまでこの地で製作をつづけた。
はじめは超写実主義の絵ばかり描いていたが、1977年に欧州9ヶ国に取材旅行して以来、感じるところがあり、あらたな画風へと”進化”した、という。今回の展示作品は、1980〜1990年の、その”進化”した絵が中心となる。
あれ、藤田嗣治風だなと思った。藤田は白を基調としているが、佐々木はベージュだ。どの絵もベージュ色の空気の中に同色の女が佇んでいたり、建物や橋の景色があり、草花が咲いていたりする。それが、何とも言えない、やさしい、しずかな、雰囲気を醸し出している。ひとことでいえば、”詩情”だろうか。
顔を向こうに向けた裸の女が大きな岩の横で寝そべっている”ミューズの杜”。女と岩、どちらが主役なのかわからないかんじ(笑)。その対面には200号の大作”ミューズの園”が飾られている。ここにも裸の女が立っているが、目をこらすと、彼女の回りにはライオンやら豹、猿、兎、鳥やら、様々な動物たちが浮き上がってくる。そして、どのいきものたちも穏やかな眼差しだ(もちろん目はほとんど描かれていないが、そうみえる)。逆に大きな岩の絵かなと思って、しばらくみていたら、突然、女が浮き出てきた絵もあった。ちらしを飾った”コルトナ紀行”なんかもそうだった。また、人影は、みえないけれど茫洋とした古い街並みを描いた”トスカーナ”。すべてが自然の中に溶け込んでいるようだ。どの絵も、ヒトは自然の中の小さな影にすぎないということを示しているように思えた。
第二展示室には、橋の写生画がずらりと並んでいる。紹介ビデオの中で彼はこんなふうに語っていた。空と川は自然ですよね、そして橋だけが人工物。自然と人間の接点みたいな風景が好きなんですよ、と。それに、大阪生まれ。浪速八百八橋という言葉があるように、子供のときから慣れ親しんだ風景なのだ。
とてもいい展覧会だった。近いので、もう一度、訪ねてみたい。
。。。。。
ミューズの園

ミューズの杜

トスカーナ

シエナ紀行

ロンドン

コルトナ紀行

はじめは超写実主義の絵ばかり描いていたが、1977年に欧州9ヶ国に取材旅行して以来、感じるところがあり、あらたな画風へと”進化”した、という。今回の展示作品は、1980〜1990年の、その”進化”した絵が中心となる。
あれ、藤田嗣治風だなと思った。藤田は白を基調としているが、佐々木はベージュだ。どの絵もベージュ色の空気の中に同色の女が佇んでいたり、建物や橋の景色があり、草花が咲いていたりする。それが、何とも言えない、やさしい、しずかな、雰囲気を醸し出している。ひとことでいえば、”詩情”だろうか。
顔を向こうに向けた裸の女が大きな岩の横で寝そべっている”ミューズの杜”。女と岩、どちらが主役なのかわからないかんじ(笑)。その対面には200号の大作”ミューズの園”が飾られている。ここにも裸の女が立っているが、目をこらすと、彼女の回りにはライオンやら豹、猿、兎、鳥やら、様々な動物たちが浮き上がってくる。そして、どのいきものたちも穏やかな眼差しだ(もちろん目はほとんど描かれていないが、そうみえる)。逆に大きな岩の絵かなと思って、しばらくみていたら、突然、女が浮き出てきた絵もあった。ちらしを飾った”コルトナ紀行”なんかもそうだった。また、人影は、みえないけれど茫洋とした古い街並みを描いた”トスカーナ”。すべてが自然の中に溶け込んでいるようだ。どの絵も、ヒトは自然の中の小さな影にすぎないということを示しているように思えた。
第二展示室には、橋の写生画がずらりと並んでいる。紹介ビデオの中で彼はこんなふうに語っていた。空と川は自然ですよね、そして橋だけが人工物。自然と人間の接点みたいな風景が好きなんですよ、と。それに、大阪生まれ。浪速八百八橋という言葉があるように、子供のときから慣れ親しんだ風景なのだ。
とてもいい展覧会だった。近いので、もう一度、訪ねてみたい。
。。。。。
ミューズの園

ミューズの杜

トスカーナ

シエナ紀行

ロンドン

コルトナ紀行











