主義主張を貫くため、押し通そうとするため、ハンガーストライキなるものが行われることがある。
しかし、これは、あくまでも食べるものがある「にもかかわらず」行われて初めて意味がある。
たとえば、アフリカの難民が飢えている上にさらなるハンガーストライキを行うというのはナンセンスだ。
しかし、と振り返って、現代の先進国の一員である日本に住みながら
そして、これといった主義主張を通すためでもなく、人知れず亡くなっていく人々がいる。
何の反社会的思想や主義を持っていないにもかかわらず
社会から見放され、いないことにされ、最終的にほんとうにこの世から消されてしまう。
最低限食べること、控えめに生きることすら、今この国では(他にもあるのだろうが)難しくなっている。
で、その最低限の控えめな人生さえも危うくするものは何だろうかと考えると
月並みながら資本主義なのだろうということになる。
ということは、資本主義にはハンガーストライキは掛けられないのだ。
資本主義に抗してのハンガーストライキはありえないのだ。
ハンガーストライキが意味を持つのは「人間」に対してであり、
「人間」ではない資本主義というものには、痛くも痒くもないのだ。
いや、今更なのは分かっている。
人間、追い詰められないと、なかなか現実というものが直視できないというだけのことなのかもしれない。
そう考えると、マルクスなんかは自分が置かれている「のではない」立場を、よくぞ真剣に分析しようと思ったなぁと、なんだか情けない感想を漏らす自分がいる・・・。
資本の犬になろうとしたがなれなかった。
もちろんその前には、知的に生き抜けないものかと模索もした。
巡り巡って、にっちもさっちも行かないことになった。
さて、どうしたものか。
しかし、これは、あくまでも食べるものがある「にもかかわらず」行われて初めて意味がある。
たとえば、アフリカの難民が飢えている上にさらなるハンガーストライキを行うというのはナンセンスだ。
しかし、と振り返って、現代の先進国の一員である日本に住みながら
そして、これといった主義主張を通すためでもなく、人知れず亡くなっていく人々がいる。
何の反社会的思想や主義を持っていないにもかかわらず
社会から見放され、いないことにされ、最終的にほんとうにこの世から消されてしまう。
最低限食べること、控えめに生きることすら、今この国では(他にもあるのだろうが)難しくなっている。
で、その最低限の控えめな人生さえも危うくするものは何だろうかと考えると
月並みながら資本主義なのだろうということになる。
ということは、資本主義にはハンガーストライキは掛けられないのだ。
資本主義に抗してのハンガーストライキはありえないのだ。
ハンガーストライキが意味を持つのは「人間」に対してであり、
「人間」ではない資本主義というものには、痛くも痒くもないのだ。
いや、今更なのは分かっている。
人間、追い詰められないと、なかなか現実というものが直視できないというだけのことなのかもしれない。
そう考えると、マルクスなんかは自分が置かれている「のではない」立場を、よくぞ真剣に分析しようと思ったなぁと、なんだか情けない感想を漏らす自分がいる・・・。
資本の犬になろうとしたがなれなかった。
もちろんその前には、知的に生き抜けないものかと模索もした。
巡り巡って、にっちもさっちも行かないことになった。
さて、どうしたものか。
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