人生、消去法

世捨て人のつぶやき

うつ病は現代の仏道に入ることなのでは?

2011年11月18日 20時05分34秒 | こころの問題
ずっと前から不思議だったのは、
昔の僧侶たちはけっこう旅したりしているのだが、
宿や食料、水、それに川を渡るとなれば渡し船とかを利用する必要もあっただろうに、
そのへんの費用的なことがまったく話題にならないようだ、ということである。

ま、昔は坊主というだけでそれなりに尊敬され、
既存の経済秩序に従わなくともよかったのだろうということはわかる。
基本的にお布施に頼る、と。

しかし、そんな感じに本当にやっていけたのだろうか?
今の世ならさしずめヒッチハイク&居候で生きていくなんて無理なんだが。

よっぽどタフじゃない限りは無理。
というか、そんなことできるやつなら普通に生きていける。

さらに、親鸞に関する本で読んだのだが、
僧侶でない流罪人でも自分で食い扶持を稼がねばならなかっとか。
それ本当かよ?と・・・。

もし今の日本でそんなふうに生きるとしたらどうしたらいいだろう、
と考えて、ふとそれってニートかうつ病しかないんじゃないかと思った次第。

扶養者がいる場合はニートで(これは子どもである期間の延長だろう)、
いない場合はうつ病という形で「お布施」に与るのである。

ま、全国を旅して回るのは無理にしても。

現代におけるアジールは、その個人の「病態」という形をとって現れているってことじゃないのか。

暴論ですけど、あながち間違ってもいなさそうな・・・
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