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アンデルセン文学賞 村上氏の受賞スピーチ(影のもつ意味とは)

2016-10-31 | Weblog

作家の村上春樹さん(67)はデンマークの「ハンス・クリスチャン・アンデルセン文学賞」の今年の受賞者に選ばれた。 村上さんには賞金50万デンマーククローネ(約770万円)と、アンデルセンの作品にちなんで「醜いアヒルの子」の銅像も贈られた。

同賞委員会は昨年11月に村上さんへの授与を発表。「古典的な語り口やポップカルチャー、日本の伝統、夢のような現実、哲学的議論を大胆に融合させた力量はアンデルセンの功績の継承者にふさわしい」と評価した。

同賞はアンデルセンが世界の作家に与えた影響をたたえる目的で2007年に創設され、受賞者は村上さんで5人目。過去には「ハリー・ポッター」シリーズで著名な英作家J・K・ローリングさんも受賞している。

30日、村上さんは、童話作家アンデルセンの出身地、デンマーク・オーデンセでの授賞式に出席し英語スピーチで、アンデルセンの異色作「影」を取り上げ、「私が小説を書く時、物語の暗いトンネルを抜けると、まったく予期していなかった自分に出会う。それが私自身の『影』に違いない」と指摘。必要なのは、それを正確かつ大胆に描写し、逃げずに分析もしないことだと語った。

主人公の影がいつの間にか一人歩きを始め、恐ろしい結末につながるアンデルセンの作品「影」に触れ、「個人だけでなく全ての社会と国家には影があり、個人同様に、向き合わなければならない」と指摘。「どれだけ高い壁を築き、厳しく部外者を排除しても、結局は自分を傷つけるだけだ」と述べた。

その上で「アンデルセンが生きた19世紀でも、われわれの21世紀でも、必要なら影と直面し対決しなければならない」と述べた。さらに、それは個人だけでなく、社会のレベルでも必要だと指摘。「侵入者に対しどれだけ高い壁を築こうが、部外者をどれだけ厳しく排除しようが、歴史をどれだけ自分に都合よく書き換えようが、結局は自分を傷つけるだけだ。われわれは影と共に生きることを学ばなければならない」と結論付けた。

壁や部外者などの意味するところは明言しなかったが、日本のメディアは、世界各地で深刻化する難民・移民など「他者」への排斥感情に警鐘を鳴らしたとみられると解説しているが、管理人には、靖国に祀られたA級戦犯の怨念に取りつかれた安倍政権の影を示唆したものと思われる。

アンデルセン文学賞 受賞スピーチ要旨

ハンス・クリスチャン・アンデルセン文学賞授賞式で行われた作家、村上春樹さんのスピーチ要旨は次の通り。

 一、アンデルセンの「影」は興味深かった。童話作家が暗く望みのないファンタジーを書いていたとは思いもしなかった。主人公が影に乗っ取られ、殺されてしまう話だ。

 一、小説を書くことは発見の旅だ。アンデルセンも何かを「発見」するために書いた。自分探しの痕跡が見える。

 一、小説を書く際、予期していなかった自分と直面する。自分の影を率直に描き、自分の一部として受け入れる感覚を読者と共有することが小説家の重要な役割だ。

 一、影に向き合い、時には共に働かなければならない。もしそれを避ければ成熟できない。「影」のように自分の影に破壊されることになる。

 一、全ての社会と国家にも影があり、向き合わなければならない。われわれは影から目を背けがちで、排除しようとさえする。影を生まない光は本当の光ではない。

 一、侵入者を防ぐためにどれだけ高い壁を築き、厳しく部外者を排除し、自分たちに都合よく歴史を書き換えても、結局は自分を傷つけるだけだ。

 一、影との共生を学ばなければならない。暗い側面と向き合わなければならない。向き合わなければいつか影はもっと強大になって戻ってくるだろう。

 一、傑出した物語は多くのことを教えてくれる。教訓は時間や文化を超越する。(毎日新聞2016年10月31日共同)


アンデルセン, ハンス・クリスチャン:
1805年4月2日、デンマーク、フューン島の小さな町オーデンセに貧しい靴屋の息子として生まれる。14歳のとき、舞台俳優を夢見て首都コペンハーゲンに出たが挫折し、その後、声楽家やバレエダンサーを目指しながら、苦労して大学を卒業。舞台の世界での成功は収められなかったものの、書きためていた脚本や詩が認められ、1935年に最初の小説『即興詩人』(日本では森鴎外の訳で有名)を上梓する。同年に『子どものためのお伽』を発表。これで一躍“童話作家”として注目を浴びる。「マッチ売りの少女」「みにくいアヒルの子」「おやゆび姫」など世界じゅうで読みつがれる名作を著し、“童話の王さま”と呼ばれるが、おとなに向けたメッセージを秘めた作品も多い。私生活では、生涯独身を通し、孤独な生活を送ったと言われている。

アンデルセン「影」:
学者の「影」は一人歩きをはじめ、やがて恐ろしい結末へ。「影」とは果たして何者なのか、アンデルセンの作品中もっとも解釈の分かれる作品。寒い国から暑い国へとやってきた若い学者が気になったものは、向かいの家のバルコニーでした。その国では暑さのあまり、日中、人は家に閉じこもり夕方涼しくなると活動し始めます。そのバルコニーも夜になればドアは開かれているのですが、中は真っ暗なままでした。しかし、バルコニーには美しい花が置かれているので、誰かが住んでいることは間違いありません。しかも中からは聴いたこともない音楽が流れてきます。そのバルコニーに住んでいる人がどんな人なのか、気になって気になってしかたない学者は、ある日自分の影がそこにうつっているのに気がつきます。学者は考えます。影がそっと部屋の中に入っていって、見たものをすべて自分に話すことを。「さあ、入れ、入れ。」次の朝、学者の足元に影はいませんでした。







 

 

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