博多湾つれづれ紀行 益田啓一郎のブログ

博多湾に面した福岡市を拠点に、仕事にプライベートに活動する日々を綴ります。趣味の吉田初三郎話や郷土の旬ネタも満載!

タモリさんの母校で校区フィルドワーク講師しました

2017年09月10日 17時41分05秒 | 福博まちの記憶

創立70周年を迎えた福岡市立高宮中学校、今回ご縁あって8月24日の校区フィールドワークを前に「まち歩き術&地図づくりのコツ」等について講師を担当させていただきました。

さすがに母校、タモリさんを知らない生徒はいなかったのでひと安心(笑)。講座終了後、生徒たちは炎天下のフィールドワークへ元気に出かけていきました。グループ毎に地図にまとめるとのことで、自由な発想でいい地図に仕上げていただければ幸いです。良い機会をいただき、ご縁に感謝です。

にしてつWebミュージアム「映像ライブラリー」内で公開されている高宮中学校の貴重な修学旅行カラー映像(1959年頃)も講座の中でお知らせ。こちらは2年前の「ブラタモリ」#18 福岡と鉄道編にて、タモリさんが実際にみて感動した高宮中学校のカラー映像…。

今回、講師を務めるにあたって事前に高宮・大楠・西高宮の3小学校区の公民館・自治協の地域史等の資料を確認させていただきました。

私の手持ち絵葉書資料のうち「福岡養老院」があった西高宮校区の歴史を知ることができて有意義だったのに加えて、「紳商〜渡辺與八郎伝」「松永安左エ門伝(仮)」等を執筆中の身にとって貴重な情報を得ることにも繋がりました。

高宮・大楠校区の那珂川沿いの土地(旧筑紫郡住吉村高畑)は「渡辺通り」渡辺與八郎の旧所有地であり、その北側には「新柳町遊郭」が大浜から集団移転しています。

大正14年に北九州鉄道(のち国鉄筑肥線)が延伸開業した際の駅名は「新柳町(のち筑前高宮)」。

また大正13年に九州鉄道(のち西鉄天神大牟田線)が開業した際に設置された駅名は当時の町名(筑紫郡八幡村)を冠した「八幡(のち平尾)駅」です。

農場や牧場、田園が広がる地だった界隈の発展史も興味深々ですし、大楠では町の歴史に関わりの深い渡辺與八郎について古老による伝聞も多く色々調べたいとのことで、新たに交流が始まりそうで楽しみです。


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