記憶探偵〜益田啓一郎のブログ(旧博多湾つれづれ紀行)

古写真古地図から街の歴史逸話を発掘する日々。ブラタモリ案内人等、地域の魅力発掘!まち巡りを綴ります。

祝!!人吉と霧島、吉田初三郎&前田虹映の原画確認!

2007年04月09日 16時27分11秒 | 吉田初三郎
 今日は初三郎絡みの鳥瞰図情報がいくつか入ってきた。仕事の
打合せを終えて事務所へ戻ると、(財)日本地図センターの月刊
「地図中心」4月号が届いていた。今回の特集は月島・晴海など
の東京湾岸の埋め立て地。江戸切り絵図や古い地形図に混ざって
初三郎の「日本万国博覧会会場」図(昭和13年)も掲載されてい
た。

 日本地図センター「地図中心」発売は明日10日なので、
 まだ4月号紹介はされていませんが…。
 http://www.jmc.or.jp/book/mapcenter/index.html

 この号には、鳥瞰図研究の第一人者・藤本一美氏の記事も掲載
されている。氏から事前に内容を聞いていたが、初三郎の弟子で
あった寺本左近を取り上げ、当ブログでも紹介した原画発掘や画
業についてまとめられている。初三郎の弟子の中で最も最近まで
存命(2002年死去)であり、また日本画家として大成された方
だけに、さらなる今後の評価アップに繋がると思う。

 また原画所在の確認をお願いしていた宇部市から返答あり。残
念ながら市の文化財・観光等の資料の中には見あたらないとの事。
明日10日は宇部へ出掛ける用事があるので、所有する「宇部市鳥
瞰図(昭和28年)」トレース図や印刷折本持参で立ち寄り、さら
なる調査を試みることにした。

 今日の画像は、その「宇部市鳥瞰図」トレース図である。これ
と同じ大きさの絹本原画がどこかに眠っている。昭和25年版の
パンフ「絵に添えてひとふで」には、俵山温泉に当時の宇部興産
・俵田社長と一緒に泊し、日本の再建、観光立国などの話をした
ことが記されている。昭和22年のことと思われるが、それから
程なくして宇部市観光当局より鳥瞰図制作の依頼が入ったとも記
されているので、俵山温泉の風土が宇部市鳥瞰図の誕生に一役買
った事になる。昭和25年版のコピーを送付してくれた小早川氏に
感謝!


 朝一番、かねてから確認したかった人吉温泉・鍋屋本館に問い
合わせた。弟子の前田虹映の絹本原画があると予想していたから
である。というのも鍋屋の現在のパンフレットやホームページに
も虹映「人吉温泉案内図」画像が使されていたからだ。

 確認すると「原画はロビーに掲額しています」とのこと。ただ
し詳細は不明だそうだが、喜んですぐにご長男の稀(まれし)氏
へ電話した。稀氏はGW前に九州へ遊びに来るとのことで、でき
れば一緒に確認しに行こうと思っている。

 また、現在も初三郎「霧島」の画像をしおり(有料)に使って
いる霧島神宮へも電話した。原画の所在確認であったが、予想通
り「絹本原画あり」とのこと。しかも「社宝」となっているとの
ことで、観覧等は難しいそうだ。それでも近いうちに現地へ行く
ことに決めた。鹿児島は虹映・初三郎とも多くの作品を描いてい
るので、まだ原画の発見が期待できる。
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