【掲載日:平成22年6月1日】
振放けて 若月見れば 一目見し
人の眉引 思ほゆるかも
大伴坂上郎女は 不機嫌であった
〈大伴本家たる 佐保邸
後取りは 然るべき身分の嫁が順当
しかるに 身分釣り合わぬ娘などと・・・
わが 娘坂上大嬢こそ 似合い〉
従兄 家持を
実兄とも慕う 年端行かぬ大嬢
それと察する 坂上郎女からの歌が届く
月立ちて ただ三日月の 眉根掻き 日長く恋ひし 君に逢へるかも
《三日月の ような眉毛を 掻いたんで 恋焦がれてた あんたに逢えた》
―大伴坂上郎女―〈巻六・九九三〉
〈あの 少女にしては 出来すぎ
ははぁ 叔母さまの代歌じゃ これは〉
坂上郎女の真意 知ってか知らずか
家持 構い気分で筆を執る
振放けて 若月見れば 一目見し 人の眉引 思ほゆるかも
《振り仰ぎ 三日月見たら 一目見た おまえの眉を 思い出したで》
―大伴家持―〈巻六・九九四〉
我が屋外に 蒔きし瞿麦 いつしかも 花に咲きなむ 比へつつ見む
《庭植えた 撫子咲くん 楽しみや 女らしなる お前同じ》
―大伴家持―〈巻八・一四四八〉
石竹の その花にもが 朝な朝な 手に取り持ちて 恋ひぬ日無けむ
《撫子の お前花やと 良えのにな 毎朝手にし 愛しめるに》
―大伴家持―〈巻三・四〇八〉
思いもよらぬ 返し歌
坂上郎女 大嬢を駆り立て
手取り足とり 歌詠みさせる
生きてあらば 見まくも知らず 何しかも 死なむよ妹と 夢に見えつる
《生きてたら 逢えるんやのに なんでまた 夢に出てきて 死のやて言うの》
―大伴坂上大嬢―〈巻四・五八一〉
大夫も かく恋ひけるを 弱女の 恋ふる情に 比ひあらめやも
《男でも 夢に見るほど 恋苦し云う 女恋苦しん 当たり前やん》
―大伴坂上大嬢―〈巻四・五八二〉
つき草の 移ろひやすく 思へかも 我が思ふ人の 言も告げ来ぬ
《移り気な 露草の児や 思うんか 逢いたいあんた 何も言て来ん》
―大伴坂上大嬢―〈巻四・五八三〉
春日山 朝立つ雲の ゐぬ日無く 見まくの欲しき 君にもあるかも
《春日山 朝雲いつも 懸ってる うちもいっつも あんた思てる》
―大伴坂上大嬢―〈巻四・五八四〉
〈これは 堪らん 母子しての 相聞攻勢か〉
家持 思わずの苦笑い
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