歴史編（18）不破山越えて

【掲載日：平成21年7月7日】

・・・　真木まき立つ　不破ふは山越えて　高麗剣こまつるぎ　和射見わざみが原の　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　行宮かりみやに　天降あもり座いまして・・・

【関ヶ原（わざみが原）を一望】

「高市皇子たけちのみこの挽歌を」と　命ぜられた人麻呂
想起するのは　壬申の乱　
かけまくも　ゆゆしきかも　言いはまくも　あやに畏かしこき　明日香の　真神まがみが原に　
ひさかたの　天御門あま　みかどを　かしこくも　定めたまひて　神かむさぶと　磐隠いはがくります　
やすみしし　わご大君の
《言葉にするのは　憚はばかられもし　畏おそれも多いが　真神まがみの原に　
都造られ　やがてのことに　お隠れなされた　天武の帝みかど》
きこしめす　背面そともの国の　真木まき立つ　不破ふは山越えて　高麗剣こまつるぎ　和射見わざみが原の　
行宮かりみやに　天降あもり座いまして　
《都の北の　不破山ふわやま越えて　和射見わざみが原に　陣敷きまして》
天あめの下　治をさめ給ひ 食をす国を　定めたまふと　鶏とりが鳴く　吾妻あづまの国の　
御軍士みいくさを　召めし給ひて
ちはやぶる　人を和やはせと　服従まつろはぬ　国を治めと　皇子みこながら　任よさし給へば
《天下鎮しずめて　泰平たいへい得んと　東あずまの国から　軍隊集め　
背そむきの心　改めさせろ　逆賊討てとの　命令下す》
大御身おほみみに 大刀たち取り佩はかし 大御手おほみてに　弓取り持たし　御軍士みいくさを　あどもひたまひ
《大刀かたなを佩はいて　弓取り持って　全軍指揮する　高市皇子たけちのおおじ》
斉ととのふる　鼓つづみの音は　雷いかづちの　声おとと聞くまで　吹き響なせる　
小角くだの音おとも　敵あた見たる　虎とらか吼ほゆると　諸人もろひとの　おぴゆるまでに
《並ぶ太鼓は　雷みたい　響く笛の音ね　敵見て唸うなる　虎の吼声こえかと　怖気おじけを誘う》
捧ささげたる　幡はたの靡なびきは　冬ごもり　春さり来れば 野ごとに　着つきてある火の　
風の共むた 靡なびくがごとく
《捧ささげる旗は　真紅に靡なびき　風にはためく　野を焼く炎ほのお》
取り持てる　弓弭ゆはずの騒さわき　み雪降る　冬の林に　飃風つむじかも　い巻き渡ると　
思ふまで　聞ききの恐かしこく
《弓の弦つる鳴り　冬吹く旋風つむじ　耳に恐れの　渦巻きわたる》　
引き放はなつ　矢の繁しげけく　大雪の　乱れて来きたれ　服従まつろはず　立ち向かひしも　
露霜つゆしもの　消けなば消けぬべく　行く鳥の　あらそふ間はしに
《放つ矢繁しげく　吹雪のごとく　仇あだなす敵は　意気消え果てて　慌てふためき　　争い逃げる》
渡会わたらひの　斎いつきの宮ゆ　神風かむかぜに　い吹き惑まどはし　天雲あまくもを　日の目も見せず　
常闇とこやみに　覆おほひ給ひて　定めてし　瑞穂みづほの国を
《伊勢の神風　呼び寄せ吹かせ　天雲あまぐも起こして　太陽隠し　
敵を闇へと　葬ほうむり去って　平和に戻した　瑞穂みずほの国を》
神ながら　太敷ふとしきまして　やすみしし　わご大君おほきみの 天の下　申まをし給へば　
万代よろづよに　然しかもあらむと 木綿花ゆふはなの 栄ゆる時に　・・・
《治めなさって　引き継ぎ行けば　今の栄さかえは　万代よろずよまでに　続かんものと　思えはしたが》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―柿本人麻呂―（巻二・一九九前半）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　〈「舎人はまとふ」に続く〉

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