高天原への扉

水瓶座の時代を生きるヒント

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木々の生き方に学ぶ

2013-02-10 11:34:00 | 水瓶座の時代を生きるヒント

◎木々の生き方に学ぶ

アニミズムとは、単に自然を畏れ敬うということではありません。大自然の中に息づく神の教えを紐解くことでもあるのです。

自然をよく見てください。神は、自然の中に人がいかに生きるべきかというヒントをお与え下さっているのです。

人生というものは、木に似ています。小さな苗木が、やがて大きな大きな大木となっていく姿に似ています。

木々は、自分が植わった場所を自分では動くことができません。もっと日当たりの良い場所に移りたい、もっと冷たい風の当たらない場所に移りたいと願っても、自分では植わっている場所を変えることは出来ません。しかし、木々は、そのようなことに不平不満を漏らすこともなく、ただ太陽の方を向いて坦々と根から養分を吸い上げているのです。

冬の間もじっと静かに毎日を過ごしています。たとえ北風にさらされようとも、冷たい雪に覆われようとも、じっと根から養分を吸い上げ生きています。そして、春が来て、夏が来れば新芽を出し、枝を伸ばし葉を茂らせて行くのです。そして、秋になり冬が近づけば、そんな栄華を物語る葉を惜しげもなく散らして冬に備えて行くのです。

そして気づけば、そこに植わってから既に何年も年を重ね大きな大木になっているのです。一年また一年と少しづつ年輪を刻みながら大きくなって行くのです。

木々には、焦りの心はありません。冬の時期に無理をして枝葉を茂らそうとはしません。木々には、自らを飾ろうという虚栄心はありません。夏の栄華にしがみ付く気持ちもありません。ただ太陽の方を向いて日々坦々と根より養分を吸い上げつづけているのです。

木々のそのような姿から学ばねばなりません。それが自然なあり方であるのです。自然体であるのです。そのような木々のあり方を仏教では中道と呼び、儒教では中庸と呼んで来たのです。

木々だけではありません。森羅万象の中に息づいている神の教えを紐解き、日々いかに生きるべきかを知らねばなりません。


◎自分の人生を愛する

木々は、自分の植わった場所に対して不平不満は持ちません。もっと良い場所に植えて欲しかった、もっと条件の良いところに芽を出したかったなどとは思っていません。日々太陽の光がさすことを喜び、吸い上げる水があることに喜びを感じ、そこにある自分というものを喜んでいるのです。

しかし、人間は自分の生まれに対してでさえ不平不満を漏(も)らすのです。もっと裕福な家に生まれたかった、恵まれた家庭に生まれたかった、もっと美男美女の家庭に生まれたかったと思う方が多いのです。そして、「誰も生んで欲しいとは頼んでいない」「生んでくれと頼んだ覚えはない」と自分の生まれを呪うような方までいらっしゃいます。

霊的な事実を申し上げるならば、人は、生まれる前に自分の親を選んで生まれてきているのです。親となる方を自ら選び、「どうか自分を生んでください。」とお願いして、地上に生まれてきているのです。地上に生まれる際に、あの世にいた時の記憶を失うために、今は思い出せないだけであるのです。

自分の生まれに対して受け入れることができないという方は、まず、そういったことを知って頂きたいと思います。自ら選んで生まれて来た家庭環境であるということをどうか知って頂きたいと思います。

たとえ自分の生まれや、人生を否定しても、誰も変わりには生きてくれません。自分の足で立ち、自分の人生を歩んで行かねば、人生と言うものは進んでは行かないのです。良くなっていくことはないのです。自分の人生を受け入れ、今与えられているもの一つ一つに目を向けて頂きたいのです。自分の人生を抱きしめて頂きたいのです。それが自分を愛するということなのです。それが足ることを知るということなのです。

人は生まれたときには、何も自分のものなどないのです。裸一貫、何も持たずに生まれてきているのです。何の記憶も持たずに生まれて来ているのです。人は、無一物にて生まれて来ているのです。

しかし、今、あなたは生まれてより既に何年も経っているのです。その間、父や母の愛情をたっぷりもらったり、友達と楽しく遊んだり、一生懸命に何かに打ち込んだことがあったり、愛する人々との生活があったりとさまざまな思い出があるのではないのですか。確かに、思い出というものには、良い思い出もあれば苦(にが)い思い出もあることでしょう。たとえ苦い思い出であろうともそれは、生まれたときから比べれば、それはプラスの人生であるのではないでしょうか。

カカオは、それだけではとても美味しいものとは言えません。苦いものです。しかし、そのカカオを原料にしてチョコレートという甘く美味しいものができるです。カレーなどもその原料になっているスパイスは、それ単体では美味しいものではありません。しかし、さまざまなスパイスが効いて美味しいカレーというものができるのではないのですか。甘いだけでは、とても奥深い味はでないでありましょう。苦味もなく、辛味も塩気もない食べ物は人を魅了することもないでありましょう。人生における苦い思い出も、辛い思い出も、全てあなたご自身のスパイスになっているのです。

死んであの世に持って還れるのは心だけであるのです。記憶であるのです。思い出であるのです。死後、あなたご自身の財産として持てるもの、それが思い出というものであるのです。人に語れる財産です。その財産はなくなることはありません。

お金も地位も名誉も持って還ることはできないのです。どれ程の財産家であろうとも、どれ程偉大な功績を残した方であろうとも、どれ程大きな会社の社長であろうとも、死ねば皆、等しく一人の人であるのです。そのようなお金や地位や名誉は死後の財産とはならないのです。しかし、死後もその価値を失わないもの、それがあなたの歩んできた人生という思い出であるのです。

あなたの人生というものは、あなただけのものであるのです。二つとして同じものはないのです。あなたこそがあなたの人生の主人公であるのです。あなたは今、一冊の物語の主人公としてあなたの人生を歩んでいるのだということをどうか忘れないで頂きたいと思います。

それが自分の人生を愛するということなのです。


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