高天原への扉

水瓶座の時代を生きるヒント

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天照の教え~アニミズム~

2013-01-13 02:58:25 | 水瓶座の時代を生きるヒント

◎地球人類として胸を張って語れるアニミズム

現代の人々にとって、アニミズムとは原始的な信仰形態であって、時代遅れの考え方であるように思えるかも知れません。今更、アニミズムについて書くというのは、とても時代錯誤のように感じるかも知れません。

確かに、アニミズムは素朴な信仰形態かも知れません。しかし、時代遅れというのは間違いです。これからの世の中にとって、とても大切な人間のあり方であるからなのです。

この先、他の星々に住まう宇宙の仲間達と接する文明が予定されています。その時、地球人類として胸を張って語れるもの、それがアニミズムと呼ばれているものであるのです。それ故、今あえて、本来のアニミズムについてお話しております。


◎大自然との調和と神への信仰という十字架

アニミズムとは、地球と一体となるということです。地球と一体となるとは、自然と調和するということです。大自然と調和するという横軸と、神への信仰という縦軸、この2つの軸が交わる十字架の上に人間はいなくてはなりません。そして、その十字架の上にあって自由を発揮して行く、それが基本です。その十字架より逸脱(いつだつ)して行くとき、いずれ自壊して行く、それが法則です。

天上界から見たとき、この地上の人間達の世界というのは、地球という大自然、大自然という大海に浮かぶ浮島に見えます。人間達が自分たちで決めた決め事、ルール、常識といったものでもって、お互いの御霊を縛り合っている浮島に見えます。

御霊の本来のあり方とは、その小さな小さな浮島の中で暮らすことにはないのです。その浮島を飛び出し、大自然という大海の中で自由自在に動き回るのが、御霊の本来あるべき姿なのです。これは、単に自然に帰れという原始の時代へ帰った生活をせよということではありません。

先程、十字架より逸脱したとき、いずれ自壊していくと申し上げましたが、それは個人に当てはまるのみならず、人間達がつくる社会、文化、文明というものにも当てはまるものであるのです。これから、今文明は終わりを迎えて行きます。その時、人々は地殻変動が原因のように考えるかもしれません。しかし、そうではありません。自らを霊長類であり他の生命達よりも重要な存在であると思い上がり、大自然との調和から逸脱したのみならず、あの世はない、人は死んだら終わりであると思って天上界から逸脱して行ったがために滅んで行くのです。これは天災ではありません。人災であるのです。

十字架の上に立つとは、目に見えるすべてのものが神の光によってできているということを知ることでもあります。信心深い人で「日々神に感謝しています」と仰る方であっても、日々生かされている太陽の光や空気、水、そして緑に感謝できないという人は、残念ながら、本当のことがまだまだ分かっていないと申し上げざるを得ないのです。


◎信仰と畏敬の念

この世の言葉というものは難しいのですが、畏敬の念、畏れ敬うということも、多くの人は理解するのは難しいかも知れません。それは恐がるという意味、恐怖という意味ではありません。

それは、幼子が父親を慕(した)う気持ちに似ていると言えましょうか。また、威儀(いぎ)を正すと言えばよろしいでしょうか。とても尊敬する人と会う前というのはとても緊張されたりなさると思いますが、その時の気持ちに非常に似ています。それはちょうど心を見透かされても恥ずかしくないように心を清めようと思われるでしょうが、ちょうどそのような気持ち、心がけが、畏敬の念、畏(おそ)れ敬(うやま)うということなのです。現代に生きる人々は、そういった畏敬の念というとても美しい心根を忘れておられます。


◎調和の中の個性の輝き

今、皆様にお伝えしなくてはならないのは、大和の心とは大自然との調和を意味しており、大和の国は大自然と調和しながら発展してきたということです。大自然と調和すると申し上げると自由を奪われるようにお感じになる方もいらっしゃるかも知れませんが、そうではありません。大自然と調和するということは、無個性になるということではないのです。むしろ、個性を輝かせることになるのです。

松の木は決して杉の木やブナの木になろうとはしません。チューリップの花は自らの花を咲かせることに喜びを持ち、決して菊の花や桜の花になろうとはしません。ましてや、地球を覆う大半である海の水の一滴になろうとはしません。

現代に生きる人々の姿は、桜の木が松の木や杉の木になろうとし、はたまた川や海になろうとしているようなものなのです。自らを価値のないものだと自らを蔑み、他のものへと心を売るような生き方をされています。自らの本質に嘘をついてはいけません。社会に迎合(げいごう)して自らの心を売ってはなりません。それは本来の御霊の自然な姿から逸脱した姿であるからです。

決して自らを見失ってはなりません。あなたが菊の花であるならば、決して、他の花になろうとしてはなりません。決して、海になろうとしてはなりません。決して、雲になろうとしてはなりません。決して、山になろうとしてはなりません。あなたは菊の花として気高く咲いてこそ、あなた自身、喜びに満たされ、周囲も幸福にしていけるのです。

これは、女性であっても男性であっても同じなのです。自分以外の何者にもなろうとしてはならないのです。あなたはあなたとして天を仰(あお)ぎ成長して行かねばなりません。それが自然な姿であり、あなた自身を輝かす道であるのです。決して自らを価値のないものとして他に迎合してはなりません。

他に迎合するなと申し上げると、好きに生きたらいいんだと思われるかもしれませんが、単にそういうことではありません。他に迎合しないとは、決して自我を通すということではありません。決して我侭(わがまま)に生きよということではありません。自らを自由人とお呼びになる方がいらっしゃいますが、それは単に我侭なだけのことが多いのです。そういう方々の多くは、他との調和というものを考えておられないからです。

山は決して川を侵(おか)しません。海は決して山を侵しません。山は山としてあり、川は川としてあり、海は海としてあり、空は空としてあります。これが秩序というものです。

海が山よりも貴(とうと)いということもなければ、海よりも空が貴いということもありません。同じように神の世界を形づくり、神の御心を反映しています。それぞれが平等でありながら、大調和の中で秩序を保っている、それが自然というものです。それが地球上ですべてのものがあるべき姿であるのです。


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