高天原への扉

水瓶座の時代を生きるヒント

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

天上界の門を潜るためには

2013-04-10 15:54:19 | 水瓶座の時代を生きるヒント

愛の実践の場は、日々、接する人たちとの人間関係の中にあるとお伝えしました。日々接する、家族や職場の人たちとの人間関係を愛溢れるものへとしていくことが神の子の使命なのだとお伝え致しました。

こういうお話をすると、中には「本当にそれだけでよいのか?」と思われる方も居られるかと思います。何か物足りなさを覚える方も居られるかと思います。

今、御自分の心の中を振り返ってみて、もし、そのような物足りなさのような気持ちがあるならば、よくよく考えて見ていただきたいのです。「そんなことで、天上界の諸霊の仲間入りができるのか?」「そんなことで、自分は高次元存在になって行けるのか?」と感じて居られるのではないでしょうか。今日はそのような方の為のお話です。

残念ながら、それは、名誉心であるとはっきりと申し上げなくてはなりません。そのような名誉心がある内は、天上界の諸霊の仲間入りなどありえないということに気づかねばなりません。

天上界の門は、功績では開きません。心が美しくなければ、その門は開かないのです。美しい心とは、自我我欲を去った心です。無私の心です。そのような心でなくては、天上界の門の前に立つことすらできないのです。

生きている間に、どれ程地上をユートピア化したかという功績、それは、天上界の門を潜ってはじめて、話ができることであるのです。心の中が名誉心でいっぱいの状態で、天上界の門を潜ることも出来ない状態で、いくら人類救済だと言ってユートピア化の活動をしたところで意味がないのです。

例えば、日ごろの生活では、色々なものにケチをつけて歩いているような人が居たとします。人に会えば、暴言を吐き、犬に遭えば「寄るな」と言って犬を蹴り、猫に遭えば「汚い」と言って猫に石を投げつけているような人が居たとします。その方が、奉仕活動だと言って、休日に地域の空き缶やたばこの吸殻などを拾って清掃活動をしていたとしましょう。あなたは、その人の奉仕活動を評価されますか?どうでしょうか?その方を素晴らしい方だとお思いになられますでしょうか?まず、人として善良な市民になって下さいと言いたくなりませんか?

それと同じなのです。自分の周囲をおろそかにし、自分の心の中を美しくすることもなく、天上界の諸霊の仲間入りがしたいと願って、ユートピア活動だ、人類救済だと言っている人たちは、今の例と同じであるのです。それに気づかない方があまりにも多くいらっしゃるのです。

先日、内から外へという道筋は変わることはないと申し上げていたのは、こういうことなのです。多くの方が、自分の問題というものをそっちのけにして、人類救済だ、ユートピア化活動だとやっているのです。それは、違いますよ。まずは、己の心と対峙し、欲を捨て、美しい心で生きることが先なのですよと言うことなのです。自分の問題をそっちのけにしている時点で、天上界どころか天国の門すら開くかどうか分からない状態であるのですよということなのです。それを天上界の諸霊は心配されておられるのです。

『スピリチュアル』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 天上界の望む人間関係 | トップ | 天国の門と心の音色 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。