高天原への扉

水瓶座の時代を生きるヒント

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我良しの世~天上界からの警告~

2013-04-19 13:40:02 | 水瓶座の時代を生きるヒント

大本教の開祖、出口なお師のお筆先には次のようにあります。「日本は神道、神が構わな行けぬ国であるぞよ。がいこくはけものの世、強いもの勝ちの、悪魔ばかりの国であるぞよ。日本もけものの世となりて居るぞよ。尻の毛まで抜かれて居りても、未だ眼が覚めん暗がりの世になりて居るぞよ。」日本が西洋化していく姿を「我良し」の価値観が支配する「けものの世」と言っています。「我良し」とは、我のみよしとする利己主義を意味しています。

世の中を見渡してみて下さい。今、世の中で何が起きているかをよく見渡してみて頂きたいのです。「勝ち組、負け組み」という考え方が横行し、今や日本の国は訴訟国家となってしまっているではありませんか。各々が己の権利をかざし己の権利ばかりを主張し合う世の中になっています。その綻(ほころ)びは、今やこの国の到るところに出てきているということにお気づきになられませんか。

会社という組織を見てください。昨今、会社を辞めていく若者達の中には、退社後親が会社に乗り込んできて「うちの子は、誰々さんから、給料泥棒と言われた。」と言って訴訟を起こす方も居られます。入社3年もしない者は、会社にとってはマイナスであることが多いのです。そういった背景もあって、やる気のない姿を見て「そのような姿勢では、給料泥棒と一緒だよ。」と言われることなど、昔ならよくあった話ではないでしょうか。ご年配の方なら、新入社員の時にもっと酷い罵声を浴びた方もおられるかと思います。別に罵声を浴びせるのが良いということではありませんが、何か変だとはお思いになられませんでしょうか。どれほど現代の若者達が打たれ弱い人間に育ってしまっているかとお思いになられないでしょうか。そして、今やパワハラだと訴えられることを恐れて、社員教育をできずにいる会社がどんどんと増えてきているのです。そして、それだけでは終わらずに若者達はさらに自分達の権利を主張している姿が増えています。

学校教育においても同じようなことが増えております。自分の子供を守ると言いながら自分達の権利を主張し、学校を訴える親達が増えてきたのではないでしょうか。学級の編成に関して、親から「このメンバーで編成して下さい。特にこの子と一緒のクラスにうちの子供を入れないで下さい。この条件を飲んで下さらないなら、うちの子は学校に登校させません。登校しないとなると、困るのは学校の方ではないですか。」などと権利を主張し、学校側に対して脅しをかける方すら出てきています。中には、自分の要求を聞き入れない教師に対して「あの教員が気に入らない」と言って、インターネットで名指しでありもしないことをでっち上げ、誹謗中傷される方も居られます。そういった中で、教師達は子供を叱ることすら出来なくなってきています。そして、教師達の多くは、子供を叱らず、事なかれ主義になり、子供と真正面から向かい合おうとされる方がどんどんと減って来ているのです。

誰からも叱られることなく育った子供というのは、いったいどうなって行くとお思いでしょうか。打たれ弱い子供になり、将来、社会に出た後に社会に適応できず、うつ病や自閉症になっていくようになるのです。先に申し上げたような事例のような社会に適応できない大人となって行くのです。過去、叱る教育が多かったのは事実でありましょう。しかし、躾(しつけ)というものがされずに来たものは、やはり、社会に出てから適応できなくなっていくのではないでしょうか。それが日本の未来となって来ております。

これらの社会現象の原因はいったいどこにあるのか。それは、「我良し」の考え方なのです。権利の主張ばかりをする考え方にあるのです。皆、「義務」という言葉を忘れておられます。高度成長を作り出した世代の方々の考え方の中には、己の義務、己の責務というものを考えて行動されておられた方が大変多かったのです。今、日本の経済が根本的に力がないのは、そういった己の義務を果たさんとする方が減り、己の権利ばかりを主張する人間が増えたからではないのでしょうか。どれほど、アベノミックスで一時的に株価が上がろうとも、今後、日本の社会を待ち受けているものは、己の義務を果たさなくなった国民による社会となって行くのです。今、その芽があちこちで出ているのです。

美しい心というものをお伝えしていますが、権利ばかりを主張する心は美しい心ではありません。自我我欲でしかありません。単なるエゴでしかないのです。美しい心とは、ひたすら己の義務、己の責務というものを果たさんとする心なのです。自己主張することを恥じる心なのです。各々が自己主張することを恥じ、ひたすら己の義務、責務を果たさんとする中に社会が調和して参ります。それが神々の願われている調和ある世界ではないでしょうか。かつての日本にはその心があったではありませんか。それが大和心であると申し上げているのです。

どうか社会の風潮に惑わされることなく、大和心というものを取り戻して頂きたいと願っております。

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