高天原への扉

水瓶座の時代を生きるヒント

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

天上界から見た西洋化

2013-05-13 02:09:54 | 水瓶座の時代を生きるヒント

西洋化について、日本が西洋化して来たことはそれ程悪いことなのかという御質問がありましたので、少し西洋化についてお話したいと思います。

日本の国というものは、天上界の出先機関として育まれて来た国であると以前お伝え致しましたが、それは日本の民族神が指導してきたという意味ではありません。神道系の神々、山岳系の神々、龍宮界の神々によって守り育てて来られたことはお伝えしております。それは地上では民族神と認識されるのでありましょうが、天上界ではそのような日本民族のことのみを考えているといったものではないのです。地球規模で考え、地上に天上界の姿を映した世界とせんとして大和の国を守り育てて来たのです。その証拠として、目には見えませんが、地球意識の分け御霊とも言うべき龍神がおられるのも世界を見渡しても日本の地だけなのです。これは何も選民思想や自国を称えるために誇張して申し上げているのではありません。それは、きっちりと申し上げておきたいと思います。

そういった背景の中、幕末期まで日本は鎖国をして参りました。そのお陰で、日本という国の国民(くにたみ)の平均的な心境というものは、いわば五次元以上の世界となっていたのです。それに対して、西洋世界の平均的な心境は四次元世界でありました。(注:西洋世界に高次元霊が生まれなかったという意味ではなく、ここでは西洋化について分かり易く簡略化して平均ということでお話しております。)そこで、五次元世界が西洋化するとは、四次元化していくということを意味していたのです。簡単に申し上げるとそういうことであります。

では、明治維新は間違いであったのかというと、当時として開国は致し方なく最善の道であったことには違いはありません。明治維新以後も大半の方は日本人であることの誇りを持っていたからです。

決定的に問題となっているのが、敗戦後であるのです。敗戦を期に、日本の国民は「日本の国は駄目な国だったのだ。」「日本の国の考え方は間違っていたのだ」と自国に対しての否定の感情を持って行ったのです。さらに、世界に誇るべき心の美しさ、大和心までも否定してしまったことにこそ最大の問題があるのです。自らを否定し、西洋を無条件でよきものとして皆、我先にと西洋化を進めてきたことが、現在、大きなつけを生み出しているのです。

戦後の教育は、日教組を中心に行われて参りました。日教組により、自虐史観を子供たちに植え込んで行ったのです。それゆえ、皆、日本人らしさというものを恥じるようになり、西洋化を無前提によきものと感じるようになってしまったのです。もし、そのような感情が心の中にあるならば、それは戦後教育という洗脳に染まって仕舞っているということに気づかねばなりません。断っておきますが、右翼的考え方に先導しようと思って申し上げているのではありません。もう一度、白紙の目で歴史というものを見つめ直し、各人に考えて頂きたいということで申し上げております。御霊の開放とは、自らの魂を縛っている考え方、価値観に気づき、それを脱ぎ捨てるところにあるからです。

日本という国に流れる考え方、大和心の特徴として調和を重んじるというものがありますが、それ以外として自分を出すということを恥じる心があります。「私」という言葉を使うことを嫌う風習があります。日本語の表現では「私は○○だと思います。」とは言わず、「○○だと思います。」と「私」という主語をつけることをどことなく恥じる気持ちがあるのもそのためなのです。そのような恥じる気持ちはないという方であっても、「私は○○だと思います。」と聞くとどことなく刺々しさというものをお感じになるはずなのです。関西などでは「あなた」のことを「自分」と表現することがありますが、これは自分と他人は一緒であるという自他一体という考えが奥に流れているのです。これらは、この国の国民に無我の生き方をしようという気持ちが無意識のレベルまで行き渡っていたからなのです。仏教などでは、皆、無我の心境を目指して修行されておられますね。それを誰も修行しろと言わずとも皆が無意識に無我を求めて生きていたのです。

それに対して西洋諸国には、自分と他人は別物であるという感覚が強くあり、権利の獲得の歴史が物語っているように自分を主張するという文化が根底にあります。言葉にしても、「I」と「YOU」は別々のものであり、必ず主語というものがセンテンスに含まれています。

これも簡略化して見ると、日本という国は無我を求めて生きていた人の集う国であり、西洋世界は自我を拡張せねば生きていけない国であったのです。つまり、西洋化とは、無我を求めた生活から自我を拡張する生活へと移行していくことを意味していたのです。それを文明化だと皆、思って仕舞われているのです。

そういうことがあって、国常立尊が出口なお師のお筆先に西洋化を警告されたということなのです。

『スピリチュアル』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 日露関係の重要性 | トップ | 従軍慰安婦とフェミニスト »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。