高天原への扉

水瓶座の時代を生きるヒント

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天上界から見た宗教の姿

2013-04-03 01:20:45 | 水瓶座の時代を生きるヒント

神を信じるという方々の多くは、皆、枠を作って生きている方々ばかりです。そして、自らが属する団体、宗教だけが正しいものであって、他は間違いであると思っている方があまりにも多くいらっしゃいます。そのような方がによって、宗教間の争いを何度も何度も繰り返してきているのです。

イエスの時代、彼を異端であるとしてイエスを迫害した当時の立法主義者達、パリサイ派の人たちは、死後、後悔しました。そして、今世はキリスト教徒となって生まれていることが多いのです。そして、今度は、キリスト教以外の教えは異端であると思って居られます。

歴史は繰り返すといいますが、何ゆえに繰り返すのかというと、やはり、魂の傾向性を正すことなく新たに生まれ変わる人々によって同じような歴史が繰り返されているからなのです。

神様はいると思うけれども、宗教を信じないという人、そういう枠を持ち合わせていない方も少なからずいらっしゃいます。特定の団体、宗教に属されている方からしたら、彼らは間違っているように見えるかも知れません。

しかし、よくよく考えて頂きたいのです。神様は、地上に線を引いて、「ここからここまでは何々国の領地、こっちは、何々国の領地」とは仰っては居られませんね。それと同じで、宗教という枠組みを作り、枠の外から外れるものは間違いである、敵であるという考え方は、人間が勝手に線を引き、枠を作っているのではないでしょうか。そしてその枠は、いつか争いというものを招いていくのではないでしょうか。

天上界から見たら、神様はいると思うが宗教は信じないといった枠を持ち合わせていない人の方が、特定の宗教で一心に活動されておられる方よりも、はるかに目が覚めた方であるということにどうか気づいて頂きたいと思います。

近年、多くの新興宗教が興り、それぞれが「自分のところの神こそが正しい神である」としています。確かに、天上界の諸霊の指導によって説かれてきた教えではありましょう。しかし、その宗教に、その団体に属さないものは間違っているとは言われていないはずなのです。もし、そういうことを言っているところがあれば、「天上界の神々が本当にそんなことを言うだろうか?」と考えた方がよいでしょう。枠組みを作り、同じ考え方を受け入れないものは間違いであると人間達が勝手に考えているだけではないでしょうか?

そのような考え方は、現代に生きる立法主義者の考え方ではないでしょうか?それは現代に生きるパリサイ派の姿ではないでしょうか?また、イエスを張り付けにしないと気が済まないのでしょうか?

天上界の諸霊は、そのような地上の争い心を見て、もう飽き飽きしておられるのです。いつになれば、皆、こんな単純なことに気づくのだろうかと思っておられるのです。そのあなたの「我が神こそ、天地創造の神である。唯一の神である。他の神は間違っている。」と思っている心こそ、争いの種であるということにどうして気づかないのだろうか?と思われているのです。

色々な教えがあり、宗教がありますが、それはいわば学校のようなものなのです。天上界の世界は、いわば社会であると言えましょう。学校を卒業して、一人前の大人になった人たちの世界、それが天上界であります。社会に出て何年も経って来ますと自分がどこの高校を卒業したか、どこの大学を卒業したかなんて段々忘れていくものですね。中には、学歴コンプレックスなんて持たれている方も居られますが、多くの方は、社会に出て年数を重ねるに従って、出身校という意識が段々なくなってきますね。天上界の諸霊の感覚は、そのような感覚に似ています。

しかし、地上では、どの宗教が本物か、どの教えが正しいかと言って、いわば学校選びで必死になっているのです。さまざまな学校には、それぞれのカリキュラムがありますね。そのカリキュラムがその宗教の教えであると思えば分かり易いでしょうか。当然、進学率が高い学校もあれば、偏差値が低い学校もありましょう。どの宗教が、どの教えが正しいかという考え方は、どの学校が進学率が良いのかと言っているのと同じようなものなのです。その学校に入ったからと言って、その方が有名大学に入れるかどうかは分からないのです。ちゃんと勉強して、一定の学力を付けなければ、有名大学には行けませんね。通信で高校に通ったりして、努力して努力して有名大学に行く人も居られますね。大学に入るためには一定の学力が測られますね。それが言わば、心の音色、心の波長であります。どれだけ自己保存欲、保身と言った自我我欲から離れた美しい心を持っているかということであります。

こうやって、日々、心を見つめよというメッセージを伝えているのは、その心の音色があなたの魂の学力であるからなのです。特定の団体に属する必要もないと言っているのは、進学率の高い学校に行かないと合格しないということはないですよと言っているのと同じなのです。最後は魂の学力が試されます。進学率の高い学校に入学できたから自分はもう大丈夫だと思って、心の学力を磨くことを忘れていると合格しませんよということなのです。なのにみんな、自分の学校の方が合格率が高いぞと言い争っているのです。

社会に出られた方からしたら、そんなことを言っている人たちを見たら、「もう、どっちでもいいから、各人、きっちり勉強して下さい。社会でたら、どこの学校を卒業したかなんて関係ないよ。義務教育終わってすぐに、社会に出て立派にやっている人もいるよ。」と言いたくはなりませんか?それが天上界から見た地上の姿と言えば、御理解して頂けるでしょうか。

「あそこの学校は落ちこぼればかりだ。うちの学校の方が、優れているんだ。」とかばかり言ってないで、その人にはその人にあった学校に行っているんですから、それは気にせず、まずは自分の心の学力を伸ばしましょうね。人のことは良いから、まずは自分の心の学力を付けて行きましょうね。と言っているのが天上界の諸霊なのです。

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