高天原への扉

水瓶座の時代を生きるヒント

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育児放棄、時代の代償

2013-04-22 13:47:01 | 水瓶座の時代を生きるヒント

科学技術というものは、常に最新が望まれるものであります。近年普及しているパソコン、スマートフォンにしても人々は最新を望み、セキュリティソフトやOSも常に最新化が求められます。ファッションにおいても、常に流行の先取りが模索されています。

それらのことにおいて、最新を求めることは問題だとは申しません。ただ、人のあり方、人の生きる道というものは、最新化して行けば行くほど、本来の道からそれていることが多いということに気づかねばならないのです。

昨今、天上界からは現代の日本女性に対して、大変厳しい警鐘がならされています。それは、普通に生活していたと思われる女性が死後、地獄に行くケースが圧倒的に増えているからなのです。それも日本の女性の大半が死後、地獄に行くという状況が起きています。それゆえ、天上界からは現代女性のあり方について、大変、辛い思いで見ておられるのです。これは、古来より伝わってきた女性のあり方に対して「古い考え方」だと否定してきた結果があちらの世界で出ているのです。

昨今の教育の問題についてお話しておりますが、子供たちを取り囲む生活環境というものがどんどんと時代の考え方というものに染まった行っております。そのつけが現在、あちらこちらで起きてきています。女性のあり方について、「古い考え方」だと否定し、古来よりの価値観を無視してきたつけが今、教育の現場にも出て来ているということに気づいて頂きたいと思います。

最近では、都内などでは待機児童の問題が起きています。働く女性の為の保育施設が不足しているということで行政にもっと保育施設を増やすように要請するといった活動が増えてきております。中には、出産後半年も経たずに社会復帰を願う方が居られます。彼女達は、お腹を痛めてまで生んだ子供を他人に預けて、何ゆえに社会復帰をしたいと願うのでありましょうか。その心、その動機をよくよく確かめねばなりません。何故でありましょうか。公共の保育施設に預けれない場合は、高額な費用を払ってまで社会復帰を願う女性たち、その心の中には何があるのでしょうか。家計の助けという答えが返ってくることが多いでありましょう。しかし、それは建前です。高額な費用を支払ったならば、いくら働こうとも差し引きすれば、金銭的にプラスになることは少なく、マイナスになることもあります。

はっきり申し上げて、育児放棄の心があるのではないでしょうか。家で子供をみるとなれば、自分一人で子供の世話をしなくてはならず、そのストレスから逃れるために社会復帰という建前でもって育児から逃れようとしているのではないでしょうか。幼児と向き合っていれば、それは本当に疲れます。体力の消耗も激しいものであります。そのため、保育施設に預けたいと願う気持ちは分からないでもありません。

しかし、ちょっと待ってください。何ゆえに一人で子供と向き合わねばならなくなっているのでしょうか?昔ならば、その子供たちの周囲にはもっと人がいたのではないでしょうか?おじいちゃんやおばあちゃんが一緒にいて、みんなで子供を育てていたのではないのでしょうか?

核家族化のつけがそこに発生しているということに気づくべきではないでしょうか。同居というものを拒む心のつけが起きているのではないでしょうか。それは各家庭の事情というものがありますので、一概には言えないことではありましょう。昨今では、祖父祖母側が同居を嫌がることも多く発生しています。それは、自分勝手な若者達と一緒に暮らせば、自分達が苦しい思いをすると思っておられることが多いようであります。酷い方になると、自分達の老後を楽しく生きるために、邪魔だと感じている方も少なからず居られることもあるようです。そういったこともありますので、すべてを一律に申し上げることはなかなかできないことであります。ここでは、基本的な考え方についてお伝えすることと致します。

基本的なことを申し上げるならば、子供を育てる義務というものは母親にあるのです。父親には、妻子が生活する基盤、経済的基盤を整えるという義務があるのです。その義務を放棄する考え方は、大きなつけを招いて参ります。その義務を果たさんとする心をなくし、皆が権利の主張に走っていると色々なほころびというものが発生してくるのです。それを忘れてはなりません。夫婦で義務を交換するという考え方もあるかもしれませんが、男性と女性は肉体的構造が違います。いくら男女平等を訴えようとも、肉体的構造の違いというものを変えることはできないのです。そういった肉体的構造の違いという観点から、永い年月、父親は妻子が生活する基盤を守り、母親は子供を育てるのが良いとされてきたのです。この基本的考え方、夫婦の義務というものを忘れてはなりません。義務とは、言葉を変えれば使命であります。こういった考え方を古いと思ってきたつけが、今、社会に展開しているということに気づかねばなりません。

先日、モンスターペアレントが増えているというお話を致しましたが、それも実は、子供を育てるという義務を学校という教育機関に押し付けていることが多いのです。自らの義務を果たそうとすることなく、権利ばかりを主張している親をモンスターペアレントと呼ぶのだと気づいて頂きたいと思います。

大切なことは、結果ではありません。己の義務というものをしっかりと認識し、その義務を何とか果たそうとすることが大切なのです。義務とは、使命です。人を愛するとは、どこか遠くにいる人たちを愛するのではないとはそういうことなのです。今、あなたご自身がいる環境の中で、自らの義務を知り、その義務を果たさんとする気持ちを持つこと、それがあなたの使命であり、愛を与えて生きるということなのです。社会の風潮に惑わされてはなりません。皆が言うからと言って、それに同調していてはなりません。しっかりと、自らの歩むべき道を見定めて頂きたいと思います。

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