高天原への扉

水瓶座の時代を生きるヒント

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権利の獲得、正義の戦いが生むもの

2013-04-25 19:16:18 | 水瓶座の時代を生きるヒント

歴史において、奴隷制の廃止、男女平等、人権といった権利が認められていないもの達が時の権力に立ち向かい権利を勝ち取るというドラマがくり返されて来ました。それを歴史として学んだ私たちは、権利の主張とは正しいことである、正義の行動であると認識するようになりました。

正しい権利の獲得を悪だとは申しません。しかし、昨今の日本では、己の利益の為に権利を主張し、その権利を得ることを正義の戦いであると思っている方が増えています。それは、正義ではなく、エゴであり、単に自分勝手なだけであると気づかねばなりません。残念なことに、そのような勘違いをした方々が昨今増えています。特に女性たちの多くがそういった勘違いをしておられることが増えて参りました。何も女性を毛嫌いして申し上げているのではありません。これ以上、地獄に行く方を減らしたいが故に申し上げているのです。

「自分には、何々の権利があるはずだ。」と正義の為に何かの権利を勝ち取ろう思ったとき、どうか「さて、自分は権利を主張する前に、きちんと義務を果たしていると言えるだろうか?」と振り返ってみて頂きたいのです。そのときに、「はて?自分の義務とは何だろうか?」ですとか「義務を果たせていないな」と感じたならば、その正義の戦いはお止めになって頂きたいのです。

黒船来襲以前の日本の歴史において、己の権利を勝ち取るといった活動をこの日本ですることは恥ずべきことだという考え方がありました。己を主張するというのは、とても恥ずかしいことであるという考え方です。我を慎むという心、それは美しい心なのです。それを忘れてはなりません。

西洋では、大人であるために自我の確立というものが求められています。自我が確立した人を大人であるとする考え方があるのです。しかし、日本は古来より無我であることが求められてきたのです。己を主張しないことが美しい心であるとされて来たのです。それだけとってみても、この日本の国の本来の考え方というものは、気高いものであったのです。敗戦を期に、多くの国民は日本人であることを恥じ、日本人としての誇りを捨て更に西洋化をすすめてきました。そして西洋化に伴い、日本は我を通すことを良いことだと思うようになってしまったのです。それゆえ、何が神の御心にかなうことで、何が神の御心にかなわぬことか段々と分からなくなってしまったのです。

世の中を見て下さい。己の義務というものを無視し、己の権利を勝ち取らんとしている人ばかりが正義の旗を振っているではありませんか。そしてその権利を認める度に、法律というものがどんどんと増えていっているではありませんか。そして、皆、段々と息苦しくなっていっているのです。それが今の日本の姿であるのです。

さぁ、目を開けて世の中を見て下さい。すべてを白紙にして、世の中を見てみて下さい。おかしなことがあちらにもこちらにも起きているということに気づくはずなのです。それであって目を覚まして行けるのです。どうか、一人でも多くの方に目を覚まして頂けることをお祈り申し上げております。

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