高天原への扉

水瓶座の時代を生きるヒント

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美しい心の価値

2013-03-29 14:07:35 | 水瓶座の時代を生きるヒント

人の価値は、お金をどれだけいっぱい持っているかどうかでも、どれだけ多くのことを知っているかでもありません。何を信仰しているかでもありません。その心の美しさにこそ、人の価値はあるのです。

聖人君子になろうと思う必要はありません。聖人君子にならんと願って生きておりますと、己の心を見失って行くのです。大切なことは、聖人君子になろうとすることではなく、己の中から来る良心の声に従うことなのです。

己の心の中から響いてくる良心の声に従って生きているとき、私たちの心音(こころね)というものは美しく響き渡るのです。

美しい心音は、美しい世界に通じるのです。

死を恐れる必要はありません。死しても我らは永遠に命を失うことはありません。美しい心音は、死後も我らを守ることにもなって行くのです。

美しい心を求めて下さい。己の中に美しい心音を求めて下さい。美しい心音で日々生きていかんと決意してください。日々、己の心音を見、美しい心音を奏でているか振り返ることを反省と呼ぶのです。たったそれだけのことを難しくしてしまってはなりません。

難解な言葉、用語というものは、それを生業(なりわい)としたもの達が作り出したものであるのです。たとえば、「空」とは何か?を難しく語ることによって、自分は偉いのだ、あなた方とは違うのだと権威付けするために行われて来たのです。「空」とは何かという定義を知らずとも、日々、美しい心音で生きているものは、「空」を実践していることがありえるのです。「四諦八正道」という定義を知らずとも、日々、美しい心音で生きているものは、その心境を得ていることがあるのです。

天上界の諸霊に「四諦八正道」とは何かを説明したとしましょう。皆、口をそろえて言うのです。「何やら、難しく言っているが、つまり、私のこの心境を説明しているのかな?」と。地上の人間が求めている知識とは、かくも空しいものであるのです。

特定の教えに述べられている真理と呼ばれているもの、それを知っている者よりも、単に美しい心音で生きているだけの者の方が心が美しいことなど、いくらでもあるのです。皆、何々教に属さねば救われないとか思って仕舞われるのですが、自分が何に属しているかなど関係ないのです。その心音が美しいかどうかというたったそれだけであるのです。

死後、その方がお暮らしになる世界を決めるのは、自分が何に属していたかではありません。何を知っていたかではありません。どれだけお金を持っていたかではありません。どれだけ地位や名誉があったかではありません。その心音がどのような響きを持っていたかというたったそれだけなのです。

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