高天原への扉

水瓶座の時代を生きるヒント

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このブログの目的とは

2013-01-25 01:50:04 | 自己紹介

◎争いの心をなくす

今、こうやってお伝えしているのは、特定の団体への勧誘活動として行っているのでもなければ、新たな宗教を興すためでもなく、あえて言うならば、現代、宗教と呼ばれているものをなくためにお伝えしているのです。

宗教というものは、本来、同じ目的としてあったのです。地上の人々が道を踏み外して行かぬように、一定の周期で天上界より人を遣わし、どのように生きるべきかが説かれてきただけのことなのです。キリスト教しかり、仏教しかり、イスラム教しかり、近年の日本においても、出口王仁三郎、高橋信次、谷口雅春と出られて、それぞれの御霊の個性で人々を導いて来られました。本当に偉大な方々ばかりです。そのお心に私心などなかったのです。

皆、人々を神のもとへ導かんとして、天上界より地上に出てこられました。何も自分の説いた教えのみが正しく、他はすべて間違いであることを伝えるためにお生まれになられた訳ではないのです。向うべき方向はみな一緒です。方法論が違ったり、道が違っていたりしていも目的地は一緒なのです。

これ以上「自分達の信じているものこそ正しい。他は間違っている。」といういい争いをやめて頂きたいのです。セクト争いをやめて頂きたいのです。宗教戦争をやめて頂きたいのです。

宗教間の争いを行う方々の心の中には、自らの保身があります。他を排撃するのは、自分の価値を脅かすものに対する排撃の心ではありませんか。そのような争いの心、破壊の念がどれほど、この地上を地獄世界へとかえるエネルギーとなっているか、もうそろそろ気づいて頂きたいのです。

宗教間の争い、それは端からみると大変見苦しいものに見えますが、天上界の神々からしたら、もっともっと醜いものであるということを知って頂きたいと思います。宗教間の争いほど、醜いものはないのです。それは、愛を口にしておきながら、心の中では他を愛する気持ちがないからです。相手を理解しようという心がないからではないでしょうか。

死後、天使と呼ばれるような御霊であっても、地上に生きている時はただの人です。時には苦しい思いから数々の間違いを犯すことも多いのです。しかし、多くの間違いを犯しながらも、生かされている自分というものを知ったときに、他の人に対して徹底的に厳しく接することなどできないのです。自分も過ちを犯したことがあるからと、相手を排撃などできないのです。そういう気持ちになるのです。それが地上に降りた天使の姿なのです。

本当に天使なのであれば、天の使いであるならば、保身のために争うなどすることはないのです。争いの思いをもつことはないのです。争いの思いがどれ程、地上を地獄へと変えるか知っているからです。



◎次の時代をつくる大和心

これから、地上は大変な混乱の時代を迎えて参ります。あれほど目覚ましかった科学的な進歩が、1990年代以降衰えているのを皆様はお気づきでしょうか。それは、天上界からの指導が止まったからなのです。これ以上、地上の科学を発展させても意味がないとご判断されたからです。

これから起きて参ります混乱は混乱のための混乱ではありません。科学を一旦整理するためのものでもあります。地上の人々にもう一度、心を取り戻してもらわんが為のものでもあります。

元々、日本を精神的な柱として世界意識を統一して行き、地球国家というものにしていく計画でありました。しかし、日本の国は、国民(くにたみ)は西洋化をしていくなかで、自らの心を失って仕舞いました。神々の目から見たときに、あれだけ神聖であった国民が、世界に誇れる国民が、今では世界に顔向けできない程の恥をさらしている状態なのです。

そのため、日本という地も海に沈んでいく計画に変更されてしまいました。アセンションですとか、次元上昇ですとか口にされる方は多いですが、それは地上が整理された後から起きてくることなのです。まずは、出口なおが言われた「三千世界の大洗濯、大掃除」、出口王仁三郎が言われた大峠が起きて参ります。

これから、生き残った数少ない日本の人々は、沈まずに残っている陸地を探して海へ出て行くこととなりましょう。そのときに、皆様に持っていって頂きたいのが、今お伝えしている大和心、大和の心というものなのです。それゆえ、今こうして大和の心とは、いったい何であったのかということを思い出してもらうべく、メッセージをお伝えしているのです。


◎心の鏡

お伝えしている言葉は、大変厳しいものであるかも知れません。偏見で書いていると思われるかも知れません。人を非難するために書いているのではとお感じになるかもしれません。言われて嬉しいような話ではないかも知れません。そんなことは分かっているのです。

鏡で自分の顔を見るように、自らの心も鏡に映して見なくては、何が間違っているか、なかなか気づけるものではないのです。心を映す鏡とは、神の心です。天上界のお考えです。天上界の諸霊のお考えを知らなくては、何が違っているのかなかなか分かるものではないのです。ですから、天上界の諸霊から見たら、頬にご飯粒がついていますよと言っているのと同じなのです。

皆様ご自身の本来の御霊の姿と、今の地上の心とを比較したときに、いったい何が違っているか。世間のどういった考え方によって、ご自身の本来の心を見失ってしまっているか気づくきっかけにして頂きたくて色々とお伝えしているのです。

また、心ある方ならば、今の日本のありように、世間の有りように「何か変だ」「自分が変なのか?」「そういう時代なのか?」「そういう時代だから仕方のないことなのか?」と感じておられるはずなのです。その心は間違っていませんよ。あなたの御霊が正常な証拠ですよ。あなたは神々からちゃんと見られていますよとお伝えすべくこのようにメッセージを発しているのです。

 

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