高天原への扉

水瓶座の時代を生きるヒント

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

反省の条件

2013-03-27 00:59:26 | 水瓶座の時代を生きるヒント

己の心に嘘をついて生きてはなりません。己の心を偽善という嘘で封じ込めようとしてはなりません。己の心を偽善という嘘で蓋(ふた)をしては、いつまで経っても本当の自分に出会うことは叶わないことでしょう。

己の心、感情というものと真正面から相対峙(あいたいじ)せねば、本当に反省することはできないのです。正しい心とは何かを知ることは出来ないでありましょう。

己の感情に嘘をつき、偽善という仮面を付けておれば、この世では聖人君子のように振舞うことはできましょう。しかし、それはエセ君子でしかないと死後に気づかされることとなるのです。

自分に嘘をついて、己を抑圧して生きることは、自己保存であると気づかねばなりません。己を着飾ろうという気持ちが偽善という仮面を付けさせていることに気づかねばなりません。早く気づき、その仮面を勇気をもってはがねば、己の姿すら見失って行くことでしょう。

現在、地上には己の本当の姿を見失っている人が多いのです。それは、常識というものでもって己を抑圧し、偽善という仮面を付けて生きているからです。そして、その仮面こそが自分だと思って生きているのです。やがてその仮面は顔からはがれなくなってくることでしょう。仮面をとろうと思っても、顔の肉まで落ちて仕舞うほど、長年仮面を付け続けている方が多いのです。

何ゆえに、偽善の仮面を付けようとするのでしょうか?それは、己を神の子であると信じていないからではないでしょうか?己の価値というものに自信が持てないから、偽善の仮面を被ろうとするのではないのでしょうか?あなたは神の子であるのです。神の子とは、偉大な大宇宙の神と同じ力をその内に宿しているということであるのです。まず、自分が神の子であるということを自覚せねばなりません。そして、勇気を持って偽善の仮面を脱ぎ、己の素直な感情というものと向き合わねばなりません。

醜い心かも知れません。たとえ醜い心であろうとも、その心と向き合い、美しい心にして行かんと決意せねばなりません。それでやっと真の反省のスタート地点に立てるのです。

こうやって考えて見れば、反省という言葉を知っている者は多くとも、反省のスタート地点にすら立てていないものがあまりにも多いことにお気づきになられるのではないでしょうか。八正道を知れども、反省を知らず。反省を知れども、己を知らず。そのままでは、死後、大きなつけを払うことになって仕舞うのです。

それゆえ、こうやって厳しいことであろうともお伝えしているのです。どうか一人でも多く気づいて頂きたいと願っております。

『スピリチュアル』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 無知の知と神の子 | トップ | 美しい心の価値 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。