高天原への扉

水瓶座の時代を生きるヒント

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神の大神殿とコトバの力

2013-02-26 14:38:23 | 水瓶座の時代を生きるヒント

「大宇宙大自然界に意識あり。
意識は大宇宙体を支配し、万生万物をして調和の姿を示さん。
万生万物は、広大無辺な大慈悲なり。
大宇宙体は意識の当体にして、意識の中心は心なり。
心は、慈悲と愛の塊りにして、当体意識は不二なることを悟るべし。
この大意識こそ、大宇宙大神霊・仏なるべし。神仏なるがゆえに、当体は大神殿なり。
この現象界における太陽系は、大宇宙の小さな諸器官の一つにすぎず、地球は小さな細胞体なることを知るべし。
当体の細胞なるがゆえに、細胞に意識あり。
かくの如く、万物すべて生命にして、エネルギーの塊りなることを悟るべし。
大宇宙は、大神体なるがゆえに、この現象界の地球も神体なり。
神体なるがゆえに、大神殿なるべし。」-高橋信次 「心行」


私たちの生きているこの世界、現象世界は、神の心によって存在しています。神の心の中に私たちは生きていると言ったほうが良いかも知れません。目に見えるもの、耳に聞こえるもの、鼻で感じる匂い、舌で感じるもの、手で触れるもの、五感の世界はことごとくこれ神の心の中にあるのです。

そして、私たちの生きている地球、これは神の大神殿であります。私たちは気づこうが気づくまいが、神の大神殿の中に暮らしているのです。

皆さまは、お寺や、神社、教会などに行かれるとき、とても神聖なお気持ち、清らかなお気持ちでいらっしゃることかと思います。そのときの気持ちを日々大切にして頂きたいのです。なぜなら、神の大神殿に今、私たちは住んでいるからなのです。神の大神殿に、今、自分は居るのであると思って、心の穢れを取り払って生活して頂きたいと思います。


「完全なる神の
『心』動き出でてコトバとなれば
一切の現象展開して万物成る。
万物はこれ神の心、
万物はこれ神のコトバ、
すべてはこれ霊、
すべてはこれ心、
物質にて成るもの一つもなし。」-谷口雅春 「甘露の法雨」

同じことをこちらでも言われています。神の心によって万生万物が成り立っています。すべてが神の内にあるからこそ、日々、私たちは既に与えられているものに目を向けて感謝して行かねばならないのです。感謝し、自らが幸福であることを実感して行かねばなりません。その幸福感を伴った感謝は、心の法則に従ってあなたを更に幸福へと導くということを知って頂きたいと思います。

また、万生万物をあらしめているのは、コトバであるとも言われています。

古来より、日本では言霊(ことだま)といってコトバには力があるとされて来ました。私たちは、言葉というものを大切にしてきたのです。八正道というものの中にも、正しく語るという項目がありますが、言葉は大切なものであります。日々、美しい言葉を心がけるということ。そのような中にも、御霊を輝かせる道はあるのです。美しい言葉とは、美辞麗句ではありません。己を飾ることをもって、美しい言葉であると思ってはなりません。

美しい言葉とは、褒める言葉であります。褒めるとは、愛でる言葉であります。人の中に眠る神の性質を認め、呼び覚ますということであります。けなす言葉というのは、人の神性を穢す言葉であります。それは、その方の神性を包み隠して仕舞うがゆえに、罪であるのです。

ネットの世界では、人をけなす言葉が飛び交っています。自分が日々罪を犯しながら生きているということに気づかずにされておられるのです。それはとても悲しいことではないでしょうか。人として恥ずかしいことではないでしょうか。

コトバは、神のお与えになった創造力の現われであります。日々、自らの言葉によって、何かを創造しているのです。イエス様はコトバによって、人の罪を許されたのです。「汝の罪は許されたり」と言って、自らつくってしまった罪にとらわれた人々の心を解き放ったのです。

八正道の中に、正語というものが入っているのも、日々自らが行っている創造力で何を創り出しているかを知る必要があるからです。神の大神殿に住まいながら、コトバにて何を創造しているのか、それを知れということであります。コトバとは、「心行」の「行」に当たるのです。

否定的な言葉は、そのコトバの力によって、否定的なものを造りだしているのです。

人は、肉体的に傷つくよりも、コトバによって深い傷を負って生きていくのではないのですか。今、地上にはとても否定的な言葉ばかりが蔓延(まんえん)しているということに気づかねばなりません。

それに気づいたならば、気づいた方から良きコトバを使って頂きたいと思います。今、地上には、良きコトバが不足しているのです。

自らを光の使者であると自負する方々よ。人の非をあげつらうことが、光の使者されることでしょうか。人を否定するような言葉を吐くことが、光の使者のされることでしょうか。それをよく振り返って頂きたいと思います。

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5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (うずまき系☆市民)
2013-02-27 10:38:23
褒める言葉が愛でる言葉だとはビックリしました^^;
完全に理解と消化するには大分時間かかりそうですね。

よく読まなきゃですね。。。

分かってはいるんですがね。。。

有難う御座います^^感謝です。(軽いかもしれませんが)
Unknown (マヌ系市民)
2013-02-27 20:27:37
愛でるとは、平たく言えば人の良いところを好きになるということですね。
それが褒めるということに繋がるんですね。

お世辞やオベンチャラは、意味がありません。それは、心の中で相手の良いところを愛でていないからです。
Unknown (うずまき系☆市民)
2013-02-28 11:41:33
お返事有難う御座います^^

人の良いところを愛すると解釈してもいいでしょうか?
人の良いところを見て微笑むって感じになるのですが、
自分の個性の場合、
それも愛でるってことですよね?

(まだ人の良いところも好きになれないって事かも知れません)

ちょっと他の記事で疑問に思うところあったのでお聞きさせてください^^;

では失礼致します
Unknown (マヌ系市民)
2013-03-01 00:08:18
愛でるという言葉自体にとらわれ過ぎておられるようですね。

愛するも、愛でるも、愛という字が入っていますからね。
同じことなんです。
Unknown (うずまき系☆市民)
2013-03-01 08:37:55
なるほど。。。

自分の事ばかりで申し訳無いんですが、
理性の愛の方が主で感性での愛が足らないかな って思いました。

愛する、好き、愛でる 一緒なんですね^^ スッキリです

お返事有難う御座いました^^

失礼致します。

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